(第81回)ひら~り2
前回に引き続き、ヒマラヤ紀行です。
今から13、4年くらい前の、僕が21、2だった頃の話です。
『母と子でエベレストを見る旅』の人間ドキュメントを取材するため、ヒマラヤの山道を今日もゆく。
僕はAD(助監督)で、撮影のための様々な雑務をこなさなければならないが、この日も高山病と下痢でフラフラであった。
下痢は、だいたい便意を催してから20秒くらいしかもたない、恐るべき状況であった。しかも山道のこと、トイレなどどこにもない。トイレットペーパーを握りしめ、
「今襲って来たらどこでしよう?」
ということだけを考えながら歩いた。今なら前方に見えるあの木の陰で、今なら先ほど通り過ぎた岩の陰で…。と、美しい景色を堪能することもなく、物陰ばかりを探して歩いた。
結果的にはこの日20回ほど野グソする羽目になるのだが、10回目くらいの時に一番のピンチがあった。右も左も切り立った崖で、隠れられる場所が全く見当たらない道に差し掛かったのである。
「やばいなぁ、やばいなぁ…」
と思っていたら、やはり襲って来た。襲われてから破滅まで20秒である。僕はパニックになって崖をよじ登り始めた。崖の上3メートルほどの所にぽっこり岩が突き出していたので、何とかそこで!と思ったが、ズルズルッと滑り落ち、その拍子にまたもやパンツを汚してしまった。
その後パンツは捨てたが、ノーパンの状態でまた漏らすと今度はジーパンがいかれるので、トイレットペーパーを厚めに巻いて、けつの間に挟んで歩いた。
高山病の酸欠で最初は頭がガンガンしていたのだが、だんだんとふわふわした妙な気分になって来た。
目の前を星が飛び始める。星というより、小さめの蛍の乱舞といった感覚で、目がちか~っとなる。すでに標高は富士山よりも高い。でもまぁこんな昼間の蛍が見られるなら、高山病も悪くない…と思った。左手に切り立つ5000m級の山々、右手には遮る木々のない何百メートルもの深い谷。
「落ちたら確実に死ぬな…」
と思いながらも、気持ちのいいような、空を飛んでいるかのような感覚で、ひらりひら~りと道を歩く。
ふと見ると、けつに挟んであったはずのペーパーがずりおちて、ジーパンの裾から顔を出していた。
その日のキャンプ地で、同じく高山病にかかっていた母と子、監督などがあまりの頭痛のため、エベレストを見ることなく下山することが決定した。
これで、母と子がエベレストを見て感動!というシーンは撮れなくなった。
次の日、僕とカメラマンだけがエベレストの見える場所まで足を伸ばした。
あのとき見た光景は忘れられないし、生きているうちにこの景色を見られてよかったとつくづく思った。しかしいかにスタッフが死にものぐるいになろうと、ものごっつい感動しようと、被写体がいなければ人間ドキュメントとしては大失敗である。
案の定、その番組の視聴率は最低であった。(泣)
ヒマラヤ紀行その1はコチラ。
2005年3月16日号掲載

エドモンド・ヒラリー 1919~2008
ニュージーランドの登山家。1953年エベレスト初登頂に成功。
| 追記・・・スタッフのうちカメラアシスタントさんは、あまりの下痢と嘔吐で登山不可能となりました。どちらかというと、本来の被写体より、スタッフのドキュメントを撮った方が面白いくらいだったんですが…そういう時って必ず、できた作品はよくないんですよね…(泣) |
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