話題になっている「ホームレス中学生」を読んだ。
お笑いコンビ「麒麟」の田村裕が子供の頃の貧乏体験を書いた本だと言うことは、ほぼ日本中に知られていると思う。淡々と、むしろ面白おかしな文体で綴られているのだが、内容の壮絶さに時々面食らう。笑っていいのか泣いていいのか迷ってしまうほどだ。悲惨な体験なのにここまで突き放して客観的に、しかも明るく語ってしまえるのは大したものだと思う。文章は、決して上手ではないのかも知れないが、下手でもない。意外と「読ませる」文体で、しかも田村はちゃんと本を読んでいる人なのだなぁということが窺える知性の一端すら覗いている。(と思う)人の書いた文章を云々できるほど私は文章が上手くないしプロでもないので、あくまでも私の個人的感想なのだが。
田村が中学2年の夏休み、突然家が差し押さえられて住む所を失い、父親は子供たち3人に「解散!」と言い残して行方不明になってしまう。突然解散宣言をされた田村家の3兄弟は、一ヶ月後に田村の友人の家族に助けられるまで、ホームレス生活を余儀なくされる。田村は家の近くの通称「まきふん公園」という公園の滑り台の中を住み処とし、雑草を食べたりダンボールをかじったり、ハトのエサである食パンの耳をハトから奪ったりしながら、なんとか生き延びた。本来なら親の庇護の元、何不自由の無い生活ができるはずの中学生という年齢で、大人も音を上げそうなサバイバルを体験したのだ。田村は敢えて兄、姉と別れ、一人で生活したという。末っ子の自分が二人の負担になってはいけないと考えたからだそうだが、極限状態になって尚も自分以外の人間を思いやる優しさを持っていたというのはすごいことだと思う。まったく頭が下がる。
私の家も一度、差し押さえにあった。
両親が離婚して半年ほど経ったある日のこと。突然元の家が人手に渡ってしまったのだ。田村の本に描写されていたように黄色のガムテープで玄関に十字に封がされ、中に入れない状態になってしまっていた。母はそれでも日が暮れてからこっそり中に入り、持ち出せるものはみんな持ち出して来たが、私の雛人形と弟たちの五月人形と鯉のぼり、小さい頃の思い出の品などはそのままどこかへやられてしまった。
父は母と離婚してからあっという間に商売をだめにしてしまった。元々母が頑張って維持していた店だから、無理もないが。その後父は様々な事業に手を出しては失敗し、借金ばかりが膨らんで行き、ついには家と土地を手放さなければならなくなった。そこで父は大チョンボをやらかした。不動産屋の二股がけをしてしまったのだ。
不動産を売却する時は、基本的に一つの業者に任せるものらしい。(今はどうだか知らないが、当時はそうだったらしい)しかし父は同時に二つの不動産屋に売却を依頼した。物件は一つしかないのにだ。しかも、お互いの業者にそれを内緒にしていたらしい。一体どうしてそんなことをしたのか理解に苦しむ。ともあれ、結局売却の仲介ができなかった片方の業者は、父の不誠実なやり方に激怒した。そこはなんとヤクザがらみの業者だったため、父に落とし前をつけさせようとした。
身の危険を感じた父は行方不明になった。土地と家を売ったことなど、私たちには一言も知らせずにだ。おまけに商売をやっていた時にこさえた200万ほどの借金を、母の方に押し付けた。これは夫婦でいた時分、母が保証人になっていた借金だったのだが、離婚後新たな保証人を立てず、母の名義のままになっていたせいだ。母と私たちは途方に暮れたが、離婚して父と生計を分けていたのが幸いして、何とかホームレスにならずに済んだ。父に押し付けられた借金は渋々払ったが。
もし母がいなかったら、私たちきょうだいも田村兄弟と同じ憂き目に遭っていたことだろう。私はホームレス女子高生、上の弟はホームレス中学生、下の弟はホームレス小学生だ。そうならなかったのは、たまたま運が良かったからに過ぎない。人の運命はちょっとしたことで左右される。田村の体験は、ひょっとしたら他人事でなかったかも知れない。