流産して以来、貧血に悩まされている。出血は完全に止まり、体の状態も妊娠前に戻ったのだが、朝起きてすぐになんとも言えない倦怠感に襲われて、やる気を無くす。


 以前は6時間寝ればカンペキだったのに、最近は7時間でもまだ足りない。体が異常に疲れ易くなっており、ちょっと動いただけでくたくたになってしまう。遠出をしようという気が全く起きない。車で10分のイオンへ買い物に行くのもひどく億劫で、普段の買い物は専ら近所のスーパーで済ませている。


 流産の後遺症がまだ続いているのだろう。ある時夫に、「顔が妙に青白い。貧血じゃないか?と言われた。時折めまいもするし、どうやらその可能性は高い。ほとんど運動せず、けっこうたくさん食べているのに全然太らない。体の中の血を補充するのに手一杯で、体重を増やすまでは行かないのだろう。


 実際、体の中から「元気の源」が抜けてしまった感じなのだ。元々体力のある方ではなかったが、ここまでヘタレではなかった気がする。かろうじて仕事には行っているが家事は怠け放題に怠けているし、今の私はホント「使えないヤツ」だ。(-。-;)


 こんな状態がいつまで続くのだろうか?流産は出産と同じだと聞くが、出産の場合、体力が回復するのは産後どれくらい経ってからなのだろうか?(出産した人はこの状態で新生児の世話までしないといけないのだから、更に大変だろう。私なんかまだまだ甘いなぁ)このまま本当に体力無くなってしまいそうで、何だか怖い。やはり年とってから妊娠したせいだろうか・・・。


 鰻やら焼き肉やらスタミナの付きそうなものを極力取るようにしているが、これと言って目立った効果は出ていない。体力を付けるのにもっと効果的な食べ物って、他にまだあるだろうか?


 もしどなたかご存知でしたら、教えて下さい。(;´Д`)ノ

ネイルアート。自分でやってみた、フレンチネイル風。(ちょっと失敗)所要時間約1時間。

なかなか思うようにいかないもんだな~やっぱりプロはすごいわ…(-.-;)

 ちょっと前に書いて放置してあったテーマの続きを。


 お互いに独身同士の恋愛と違い、どちらか又は双方が既婚者の場合の恋愛は、始まる前に色々と逡巡があると思うのだが・・・始まってしまえば普通の恋愛と同じである。この場合の「始まる」とは、お互いの気持ちを確かめ合って、何らかの関係ができることを言う。つまり、男女の関係になる。


 同じ気持ちでスタートしたはずなのにいつの間にか一方が冷めていたりとか、良くて付き合ったのにこんなはずじゃなかったとか、どちらかにもう一人の相手が現れて修羅場が展開されたりとか、倦怠期が来たりとか、およそ独身同士の恋愛に起こりがちなことは既婚者の恋愛にも起こる。その時の対処もやはり独身同士の場合と基本的には同じだと思う。問題が解決できるかどうかは相手を想う気持ちがお互いにどれだけあるかにかかっている。私は、恋愛のトラブルは最終的にはそこに着地すると思うのだ。いかなトラブルがあろうと、自分のことよりまず相手を優先させる気持ちさえあれば、大抵のことは乗り越えられる。(どんなことがあっても関係が壊れないという意味ではない。互いを尊重しつつ、穏やかに終わることもできるということだ)


 既婚者同士の恋とは言え恋は恋。二人の世界には二人しか存在せず、初めから配偶者は蚊帳の外である。恋とはそういうものだと思う。しかし、だからと言って互いの配偶者をないがしろにしていい訳ではない。内情はどうであれ法律上夫婦として存在し、寝食を共にしている相手をあまり邪険に扱うものではないと思う。


 互いの気持ちが冷めていようと、離婚する気がないのなら、恋人の存在は隠すのが礼儀だろう。もちろん離婚して恋人と一緒になるつもりなら、きちんと話し合って別れるべきだと思うが。そこまでの気持ちではない、または状況が許さないのであれば、恋人よりも配偶者を立てるべきだと思う。


 例えばどちらかが独身だとして、既婚者が配偶者と別れられないと分かったら、独身の恋人はそれをどうこう言うべきではない。結婚している相手との恋愛を選んだのは自分なのだから、それによるリスクは自分ひとりで負うべきだろう。配偶者と別れられない恋人と、それでも関係を続けるか、きっぱり終わりにするか、選ぶのは自分次第だ。独身者にとっては理不尽なことかも知れないが、不倫の恋が相手の配偶者にばれれば慰謝料を請求されることだってある。しかしそれは予め分かっていたことなのだから、例えそうなってもいいと言う覚悟が無ければ、本来は既婚者となど付き合ってはいけないのだ。恋愛は結婚と違って何の保障も無い。お互いの気持ちだけが頼りのあやふやなもの、それこそが恋愛の本質であり、そこに安定とか保障とか求めてはいけないのだ。


 両方とも既婚者だとしても同じこと。お互いに離婚が不可能なら、家庭を壊さないようセーブして関係を続けるか、または別れるか。どちらかの家庭が壊れ、どちらかが現状維持と言う場合もあるだろうが、その場合家庭が壊れた方は腹いせに相手の家庭も壊してやろうなんて考えてはいけない。自分は何もかも失っても、それでも相手の幸せを願うのが本当の愛だと思う。ダブル不倫はある意味薄氷のバランスで成り立つ関係である。薄氷が割れた時の覚悟は常にしておくべきだと思う。その中には、冷たい水の中に一人で落ちる覚悟も含まれる。


 結婚とは本来重いものである。法律上の夫婦になった時点で、互いの人生に責任を持つ義務が生じる。例え「愛」が冷めても、離婚しない限りその義務は継続される。普段あまり意識しないが、既婚者は法律の鎖に縛られているのだ。そして鎖に縛られたまま他の誰かを愛するということは、いざと言う時にその誰かに対して全力で向き合えないという事も意味する。それが婚外恋愛の本質なのだと思う。だから、あまり無責任なことを言ったりしたりするものではないと思う。嫉妬や独占欲で、相手を縛ったり苦しめたりしてはいけない。そんな資格は無いのだ。(これは、独身者同士の恋愛にも言えることだが)


 私の言っていることは理想論かも知れない。しかし私にとっての恋愛はこういうことだ。本気で誰かを愛したら自分のことはどうでも良くなるだろう。自分はどうなっても、相手の幸せだけを願おうとするだろう。既婚だとか独身だとか、そんなのは一切関係ない。相手に好きだと告げることは、自分の気持ちを押し付けることでもある。その気持ちを受け入れてもらった時点で、それ以上相手に望んではいけないと思う。・・・こんな綺麗ごとが言えるのも、相手の生活や人生を背負わない「恋愛」だからかも知れない。やはり恋愛と結婚は根本的に違う。


 ちなみに、今私が論じているのは本気の恋愛についてである。恋愛の名を借りた現実逃避、恋愛と思い込んでいる単なる肉欲は含まれないので念のため。

 いろいろあった10月だった。


 まず、初旬に人工授精をした。そして3週間後に妊娠が判り、そのわずか1週間後に流産した。


 まとめると、こんな感じだ。 


 人工授精→妊娠→流産  


 これら一連の出来事が、一ヶ月の間に私の身に起こった。


 文章で書いてしまうと一行で終わってしまうが、もちろんそんなシンプルな顛末ではない。


 不妊治療を再開してみようか、という話は、ちょっと前から出ていたことだった。8月に私が40歳になり、最後の悪あがきをしてみたくなったのだ。過去記事にも書いた通り、私たち夫婦は長い間不妊に悩み、色々と治療を試みたが、一度だけ妊娠はしたものの出産には至らなかった。心身ともに疲れてしまい、全ての治療を止めたのが2年半前。年齢的にもそろそろ諦め時かと、腹をくくったつもりだったのだが。


  しかし、「もっと頑張るべきなのではないか」という一種うしろめたいような感覚は常に付きまとっていた。やるだけやったら諦められるのではないか、もっと年齢がいってしまったら治療することすら不可能になるのだから、まだ妊娠がとりあえず可能な内に試した方が後々後悔しないのではないか・・・と。結局ある友達の言葉に背中を押され、一度だけ体外受精を試してみることにした。


 ところが、病院で説明まで受けたものの、夫の精神状態が芳しくなくなり、心配してあれこれ調べたり、心療内科へ行っている内に、何だか疲れてしまい、テンションが下がってしまった。その頃には体外受精をする気はほぼなくなっており、それでも完全に止める気にもなれず、とりあえず一度人工授精を試してみて、ダメだったら体外に進もう、という話になった。人工授精の成功率は体外受精より更に低い。可能性は薄そうだった。


  ダメモトの気持ちで、やってみた。ところがまず妊娠しないだろう、と思っていたら、思いもかけず妊娠してしまったのだ。正直「マジで?」という感じだった。10月21日に妊娠が発覚したのだが、嬉しいと言うよりも信じられないと言う気持ちで、これからのことを考えると不安だった。40歳にして人生が大きく方向転換すること、高齢出産であるということ、経済的な問題、仕事を続けて行けるかどうかと言う不安・・・せっかくお腹に子が宿ったと言うのに、そのことを素直に喜べる心の余裕は正直なかった。


 しかし、夫に告げ、母に告げ、親しい友人に告げ、手放しで祝福してくれるのを見ている内に、だんだんじわじわと嬉しさがこみ上げ、3日後には母性本能らしきものが芽生えて来たのか、お腹の子供(まだ受精卵だったが)に対する愛情が湧き、心から妊娠を喜べる気持ちになった。


 流産したのはそのわずか4日後である。早朝に出血を見、病院へ行ったら切迫流産と言われ、薬で出血を止めて安静にしていたが、2日後にその甲斐もなく流れてしまった。


 一週間余り過ぎたが、未だに夢を見ているようである。体はほぼ回復したが、わずかの間に心は揺れに揺れ、ジェットコースターに乗っているようだった。正直なところ、治療を更に頑張って、もう一度妊娠する努力をする気力はもう湧いて来ない。


 縁が無いのだ、と諦める他はないだろう。私の人生には、子供を産み育てるというオプションは付いていないのだ。子供を産んで育てる以外の役割を、神様は私に与えて下さったのだと思うことにしよう。その役割は、これから探して行けばいい。


 心の痛みは時間が解決するだろう。


 

日ごろ私のブログをごひいきにして下さっている皆様、更新・コメレス共に滞りに滞っております。大変申し訳ごさいません。(。-人-。)


実は、最近色々とありまして・・・f^_^; 正直ブログどころではない身辺状況でした。(皆様のブログは携帯でこまめに巡回し、コメントもたまには残しておりましたが)


何が起こったかはいずれ記事にしてご報告させていただきたいと思います。もう少しおまちください。


尚、皆様へのコメレスはこのご挨拶を持って代えさせて頂きたいと思います。


何卒ご容赦のほどを・・・


とりあえず元気でやっておりますので、ご心配なさらないで下さいませ。(#⌒∇⌒#)ゞ



夏ばこ



【ステイヴのキング】/逆位置
信頼関係を築くにはむずかしい日。
ウソつき男性が近づいてくる暗示も。
うたがってかかった方がイイかもね。


 昨日今日と凹むことばっかりで意気消沈している。(T▽T;)


 落ち込むと何にもやりたくなくなるのが私の悪い所だ。たまたま仕事が休みだったので、一日中鬱々しながらムダに過ごしてしまった。(ノω・、)


 昨日の姑との電話が影響しているのは間違いない。あれからどうにも気持ちが上向かず、やることなすこと裏目裏目でどうしようもない。ヽ(;´Д`)ノ


 人のちょっとした言動を気にしたり、自分の言ったことを後悔したり、メールの返信が来ないだけで嫌われた?と不安になったりする。ただ単に忙しいだけかも知れない、他意はないかも知れないのに。f^_^;


 一つ悪いことがあると雪崩式に、全てのことがうまく行かなくなってくる。「負の連鎖」と言うやつだ。私の心の状態が影響しているのは間違いなく、暗い顔をして過ごすから思考もネガティブになり、人の気持ちを慮る余裕が無くなるから言動も気配りを欠いたものになるのだろう。


 こういう時こそ無理にでも笑わねば!(^▽^;)


 他人なんて自分の思い通りにできなくて当たり前だし、言い方はともかく間違ったことは言ってない。それで壊れるようなら所詮そこまでの関係だったという事だ。調子こいたメールを送ったけれど、人を傷つける内容じゃないしギリギリ冗談で笑い飛ばせる。あれで気分を害するようならよっぽどの自意識過剰か、元々私のことを嫌いだったのだろう。世の中には、嫌いな相手にこそ敢えて表面上は気を遣って愛想よくする人間が山ほどいるのだから。(結局小心者の処世術だと思う)


 今まで好かれていると思っていた相手に実は嫌われていたと気づくのは悲しいが、それも仕方がない。せめて私は相手を嫌わないようにしよう。これまで通り屈託ない態度で接しよう。(なんて、全部私の考え過ぎかもしれないのだが┐( ̄ヘ ̄)┌ )


 こんな風にウダウダやってみたところで、所詮はくだらない悩みである。世の中には、もっともっと深刻な悩みを抱えている人が大勢いるのだ。ちまちましたことで悩める私は本来幸せ者なのだろう。


 こうやってブログに吐き出すだけで元気が出て来るから不思議だ。冴えない今日は忘れ、素敵な明日を想像しよう。


 笑顔で!(‐^▽^‐)

【4皇帝】/逆位置
ガンコさがエスカレート・・・。
思い通りにならなくてイライラしちゃいそう。
疲れやストレスで体の調子が悪くなるかも。
ゆっくり休んでね。




ゆっくり休むか…(┳◇┳)
今朝のこと。用事があって姑に電話した。


はい。もしもし。

もしもし、夏ばこです。

…はぁ?

もしもし、おはようございます。夏ばこです。

は?誰?…夏ばこさん?ちょっと待って、電話が遠くて。…はいはい、聞こえるよ。

夏ばこです。お義母さんお元気ですか?
はい。

…あの、この間夏ば夫さんと二人で湯布院と別府行って来て…。

はい。

…お土産買って来たんですけど、渡しに行きたいと思って。お義母さん、明日は空いてらっしゃいますか?

昼からは駄目だけど、午前中なら空いとるよ。

そうですか、それなら10時頃伺いますね。

はい。

(電話切れる)



結婚14年経っても、この愛想の無さ、よそよそしさだ。姑に電話する時は、いつも緊張するし、疲れる。そして後でもの凄く嫌な気分になるのだ。(-"-;)

こちらがどんなに気遣っても歩み寄っても、決して分かり合えない人がいる。不幸なことに姑がそういう人だった。どうにもそりが合わないし、言動も理解に苦しむ。私にとっては宇宙人のような人だ。きっと向こうもそう思っているだろうが…。

結婚当初から舅姑には、とてつもない違和感を感じていた。しかし私も最初は何とか、歩み寄ろうとしたものだ。しかし全部徒労に終わって、現在に至る。

姑と実の親子のように仲が良い人、本当に羨ましい。私の努力が足りないのか…?『いい嫁』でいる必要はないのだろうか。夫が一人息子だと言うことが、プレッシャーに拍車をかける…p(´⌒`q)

 唖然とした。


 これはもはや、ファシズムではないのか。


 蒟蒻畑にもマンナンライフにも罪は無い。悪いのは、子供に食べさせた親であり、保護者である。蒟蒻畑のパッケージにも、喉に詰まりやすいので高齢者と子供は食べてはいけないと明記してある。その警告を無視して、1歳児に凍らせて与えた祖母に、全く落ち度は無かったというのか?


 「言ったもん勝ち」の世の中なので、こんにゃくゼリーのせいで自分の子供が死んでしまった親は、(自分たちの落ち度も棚に上げ)製造元を糾弾し、訴訟も起こすだろう。最近の社会の傾向がそうだから仕方がない。だが、それがあっさりと通ってしまうのはいかがなものか?


 世間に流通する商品・食品に、100%安全なものなど、実はないのではないか。使い方や食べ方を誤れば、どんなものだって事故に繋がる可能性はあると思う。それを防ぐのは消費者の知恵であり、責任だったはずだ。ピーナッツ、飴、餅、饅頭など、子供や高齢者が喉に詰まらせる可能性のある食品は他にいくらでもある。特に餅などは、こんにゃくゼリーの何百倍もの危険度だと言う。常識で考えれば分かることだが。しかしそれらの食品が規制の対象になる気配は無い。こんにゃくゼリーだけが槍玉にあげられているのだ。どう考えてもおかしい。


 野田聖子消費者庁長官には、常識感覚が無いのだろうか?「餅は規制しないんですか?」と質問された所、「餅は喉に詰まらせて死ぬと言う常識が一般に知られている」と答えたと言う。もはや詭弁にもなっていない、まるでコントのようなやり取りだ。こんにゃくゼリーの規制に、誰もが納得せきるようなきちんとした根拠も示せないのだから。人気取り、選挙対策と揶揄されても仕方がない。一部の国民に媚びて、一企業と常識を切り捨てたのだ。


 「空気を読んで」蒟蒻畑を製造中止にしてしまったマンナンライフ。気持ちは分かるが早まった行為だった。もっと徹底的に議論するべきだった。曖昧な感情論だけで長年愛されてきた商品を製造中止にしてしまうなんて、今まで蒟蒻畑を愛してきた消費者にも失礼だと思う。亡くなった子供は確かに気の毒だが、だからといってマンナンライフが全面的に責めを負う必要はまったく無いと思う。


 「たかがゼリー」「たかがお菓子」と軽く考えられているのだろうか?確かに蒟蒻畑がこの世から消えても日本人の生活に全く支障は無いが・・・問題はそんなことではない。理不尽で感情的な抗議で政府の機関までが動き、その主張が通ってしまうことが恐ろしい。「いいがかり」が「いいがかり」でなくなってしまうことが恐ろしい。


 蒟蒻畑の長年のファンとして、一日も早い製造再開を切望する。