ちょっと前に書いて放置してあったテーマの続きを。
お互いに独身同士の恋愛と違い、どちらか又は双方が既婚者の場合の恋愛は、始まる前に色々と逡巡があると思うのだが・・・始まってしまえば普通の恋愛と同じである。この場合の「始まる」とは、お互いの気持ちを確かめ合って、何らかの関係ができることを言う。つまり、男女の関係になる。
同じ気持ちでスタートしたはずなのにいつの間にか一方が冷めていたりとか、良くて付き合ったのにこんなはずじゃなかったとか、どちらかにもう一人の相手が現れて修羅場が展開されたりとか、倦怠期が来たりとか、およそ独身同士の恋愛に起こりがちなことは既婚者の恋愛にも起こる。その時の対処もやはり独身同士の場合と基本的には同じだと思う。問題が解決できるかどうかは相手を想う気持ちがお互いにどれだけあるかにかかっている。私は、恋愛のトラブルは最終的にはそこに着地すると思うのだ。いかなトラブルがあろうと、自分のことよりまず相手を優先させる気持ちさえあれば、大抵のことは乗り越えられる。(どんなことがあっても関係が壊れないという意味ではない。互いを尊重しつつ、穏やかに終わることもできるということだ)
既婚者同士の恋とは言え恋は恋。二人の世界には二人しか存在せず、初めから配偶者は蚊帳の外である。恋とはそういうものだと思う。しかし、だからと言って互いの配偶者をないがしろにしていい訳ではない。内情はどうであれ法律上夫婦として存在し、寝食を共にしている相手をあまり邪険に扱うものではないと思う。
互いの気持ちが冷めていようと、離婚する気がないのなら、恋人の存在は隠すのが礼儀だろう。もちろん離婚して恋人と一緒になるつもりなら、きちんと話し合って別れるべきだと思うが。そこまでの気持ちではない、または状況が許さないのであれば、恋人よりも配偶者を立てるべきだと思う。
例えばどちらかが独身だとして、既婚者が配偶者と別れられないと分かったら、独身の恋人はそれをどうこう言うべきではない。結婚している相手との恋愛を選んだのは自分なのだから、それによるリスクは自分ひとりで負うべきだろう。配偶者と別れられない恋人と、それでも関係を続けるか、きっぱり終わりにするか、選ぶのは自分次第だ。独身者にとっては理不尽なことかも知れないが、不倫の恋が相手の配偶者にばれれば慰謝料を請求されることだってある。しかしそれは予め分かっていたことなのだから、例えそうなってもいいと言う覚悟が無ければ、本来は既婚者となど付き合ってはいけないのだ。恋愛は結婚と違って何の保障も無い。お互いの気持ちだけが頼りのあやふやなもの、それこそが恋愛の本質であり、そこに安定とか保障とか求めてはいけないのだ。
両方とも既婚者だとしても同じこと。お互いに離婚が不可能なら、家庭を壊さないようセーブして関係を続けるか、または別れるか。どちらかの家庭が壊れ、どちらかが現状維持と言う場合もあるだろうが、その場合家庭が壊れた方は腹いせに相手の家庭も壊してやろうなんて考えてはいけない。自分は何もかも失っても、それでも相手の幸せを願うのが本当の愛だと思う。ダブル不倫はある意味薄氷のバランスで成り立つ関係である。薄氷が割れた時の覚悟は常にしておくべきだと思う。その中には、冷たい水の中に一人で落ちる覚悟も含まれる。
結婚とは本来重いものである。法律上の夫婦になった時点で、互いの人生に責任を持つ義務が生じる。例え「愛」が冷めても、離婚しない限りその義務は継続される。普段あまり意識しないが、既婚者は法律の鎖に縛られているのだ。そして鎖に縛られたまま他の誰かを愛するということは、いざと言う時にその誰かに対して全力で向き合えないという事も意味する。それが婚外恋愛の本質なのだと思う。だから、あまり無責任なことを言ったりしたりするものではないと思う。嫉妬や独占欲で、相手を縛ったり苦しめたりしてはいけない。そんな資格は無いのだ。(これは、独身者同士の恋愛にも言えることだが)
私の言っていることは理想論かも知れない。しかし私にとっての恋愛はこういうことだ。本気で誰かを愛したら自分のことはどうでも良くなるだろう。自分はどうなっても、相手の幸せだけを願おうとするだろう。既婚だとか独身だとか、そんなのは一切関係ない。相手に好きだと告げることは、自分の気持ちを押し付けることでもある。その気持ちを受け入れてもらった時点で、それ以上相手に望んではいけないと思う。・・・こんな綺麗ごとが言えるのも、相手の生活や人生を背負わない「恋愛」だからかも知れない。やはり恋愛と結婚は根本的に違う。
ちなみに、今私が論じているのは本気の恋愛についてである。恋愛の名を借りた現実逃避、恋愛と思い込んでいる単なる肉欲は含まれないので念のため。