いろいろあった10月だった。


 まず、初旬に人工授精をした。そして3週間後に妊娠が判り、そのわずか1週間後に流産した。


 まとめると、こんな感じだ。 


 人工授精→妊娠→流産  


 これら一連の出来事が、一ヶ月の間に私の身に起こった。


 文章で書いてしまうと一行で終わってしまうが、もちろんそんなシンプルな顛末ではない。


 不妊治療を再開してみようか、という話は、ちょっと前から出ていたことだった。8月に私が40歳になり、最後の悪あがきをしてみたくなったのだ。過去記事にも書いた通り、私たち夫婦は長い間不妊に悩み、色々と治療を試みたが、一度だけ妊娠はしたものの出産には至らなかった。心身ともに疲れてしまい、全ての治療を止めたのが2年半前。年齢的にもそろそろ諦め時かと、腹をくくったつもりだったのだが。


  しかし、「もっと頑張るべきなのではないか」という一種うしろめたいような感覚は常に付きまとっていた。やるだけやったら諦められるのではないか、もっと年齢がいってしまったら治療することすら不可能になるのだから、まだ妊娠がとりあえず可能な内に試した方が後々後悔しないのではないか・・・と。結局ある友達の言葉に背中を押され、一度だけ体外受精を試してみることにした。


 ところが、病院で説明まで受けたものの、夫の精神状態が芳しくなくなり、心配してあれこれ調べたり、心療内科へ行っている内に、何だか疲れてしまい、テンションが下がってしまった。その頃には体外受精をする気はほぼなくなっており、それでも完全に止める気にもなれず、とりあえず一度人工授精を試してみて、ダメだったら体外に進もう、という話になった。人工授精の成功率は体外受精より更に低い。可能性は薄そうだった。


  ダメモトの気持ちで、やってみた。ところがまず妊娠しないだろう、と思っていたら、思いもかけず妊娠してしまったのだ。正直「マジで?」という感じだった。10月21日に妊娠が発覚したのだが、嬉しいと言うよりも信じられないと言う気持ちで、これからのことを考えると不安だった。40歳にして人生が大きく方向転換すること、高齢出産であるということ、経済的な問題、仕事を続けて行けるかどうかと言う不安・・・せっかくお腹に子が宿ったと言うのに、そのことを素直に喜べる心の余裕は正直なかった。


 しかし、夫に告げ、母に告げ、親しい友人に告げ、手放しで祝福してくれるのを見ている内に、だんだんじわじわと嬉しさがこみ上げ、3日後には母性本能らしきものが芽生えて来たのか、お腹の子供(まだ受精卵だったが)に対する愛情が湧き、心から妊娠を喜べる気持ちになった。


 流産したのはそのわずか4日後である。早朝に出血を見、病院へ行ったら切迫流産と言われ、薬で出血を止めて安静にしていたが、2日後にその甲斐もなく流れてしまった。


 一週間余り過ぎたが、未だに夢を見ているようである。体はほぼ回復したが、わずかの間に心は揺れに揺れ、ジェットコースターに乗っているようだった。正直なところ、治療を更に頑張って、もう一度妊娠する努力をする気力はもう湧いて来ない。


 縁が無いのだ、と諦める他はないだろう。私の人生には、子供を産み育てるというオプションは付いていないのだ。子供を産んで育てる以外の役割を、神様は私に与えて下さったのだと思うことにしよう。その役割は、これから探して行けばいい。


 心の痛みは時間が解決するだろう。