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古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

ふっき~は北海道美唄市生まれ。

 

「北海道のどこ出身ですか?」と聞いてきた人へ、「美唄市」と答えても、ピンと来る人はほとんどいないマイナーな美唄チーン

以前は炭鉱で栄えたたこともあり、美唄鉄道という廃線があります。

 

↑旧美唄鉄道の東明駅舎

1972年(昭和47年)に廃止された美唄鉄道。

ふっき~は1971年(昭和46年)生まれなので、当然美唄鉄道が現役だった頃は知りませんが、子どもの頃はアチコチに美唄鉄道の名残を見かけてたのを覚えています。

 

 

 

↑東明駅舎と美唄鉄道について

小学生の頃は自転車に乗って、この東明駅あたりに遊びにも来ていました。

(実家から自転車で15分ほどの場所)

駅舎の中の記憶もあります。当時は中に入れたのでしょうね。

 

 

 

↑東明駅には4110形蒸気機関車が保存されています。

やはり子どもの頃、この機関車に入って遊んだ記憶がありますあせる

 

 

 

↑4110形式十輪連結タンク機関車2号の解説板

 

 

 

↑写真左端が東明駅のホーム跡

線路跡は1980年(昭和55年)、サイクリングロードになりました。このサイクリングロードも廃止になったようですね。

この道を通って自転車に乗ったことももちろんありますし、中学の時は遠足でこの道を利用しましたね~。

10月16日~17日、ちょっとした事情で久しぶりに北海道の実家へ。

 

せっかくなので、キウス周堤墓にも寄ってきました。

↑2018年の訪問時は地震と台風直後ということもあり倒木だらけで危険な状態でした。

 

 

 

↑7年ぶりに行ってみたら、ガイダンスセンターが!びっくり

今年完成したようです。

 

 

 

↑周堤墓群の様子がわかりますね!

周堤墓とは、地面を円形に掘り下げ、周囲に環状に土を盛った区画の中に墓穴を掘り、遺体を埋葬した墓のこと照れ

時代は縄文時代後期。「古墳」じゃないですよ!

 

 

 

↑出土した縄文土器も展示されてました。

 

 

 

↑7年ぶりに周堤墓群を巡ってみます。

以前との違いは遊歩道が整備されていました。

 

 

 

↑キウス周堤群1号墓

う~ん、周堤墓は写真の撮り方が難しいですね滝汗

 

 

 

↑キウス周堤墓群2号墓

これでわかるかな?

 

前回も思ったのですが、凹状にしちゃうと、水が溜まってしまいそうですが・・・・

なぜ、こんな形式の墓にしたのか?本当に不思議です。

10月3日に訪れた群馬県藤岡市の古墳です。

 

↑2018年に訪れた戸塚神社古墳、7年ぶりに訪問してきました。

 

 

 

↑戸塚神社古墳、南側から

左側が前方部、右側が後円部の前方後円墳。

 

場所はこちら: 36.246104, 139.089916

 

 

 

↑前方後円墳の神社古墳の場合、前方部側に鳥居があることが多いですが、こちらの戸塚神社古墳は後円部側に鳥居があります。

 

 

 

↑後円部から前方部方向

 

 

 

↑戸塚神社古墳の解説板

 本古墳は藤岡台地の北東部に位置する6世紀後半に造られた前方後円墳である。通称「おくまん様」と呼ばれている。

 古墳の大きさは全長53メートル、前方部の幅40メートル、後円部の径27メートルである。

 石室は両袖型の横穴式で、玄室の平面形は胴張りになっている。側壁は河原石を乱石積みにしたもので、玄室の中段あたりから積み方が変化している。

 出土遺物は圭頭太刀、管玉、切小玉、埴輪などがある。これらの遺物は東京国立博物館に収蔵されている。

 

 

 

↑前方部上にある戸塚神社の社殿

 

 

 

↑前方部から後円部方向

 

 

 

↑やはりあります!埴輪の破片。

 

 

 

↑石室はコンクリートで固められ、フェンスで囲われてます。

 

 

 

↑7年前と同様、開口部には近寄れません。

 

 

 

↑石室内部は土嚢でいっぱい。

 

この日、訪れた藤岡市の古墳、後日に続くウインク