古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

2月4日に訪れた三重県伊賀市手裏剣での古墳巡り、続きです。

 

今日アップする中切古墳がある住所・・・・

「喰代」・・・・なんて読むんだ!ってカーナビに入力する時、困惑しました滝汗

 

「ほおじろ」だそうですあせる

 

「喰」って「ほお」って読めないですよねえー

 

 

↑そんな読めない地名、喰代にある中切古墳、西側から

坂を上った先にあったので、かなり手前から見えてました。

直径約12メートル、高さ約2.5メートルの円墳。

 

場所はこちら:  34.740944, 136.219547

 

 

 

↑さらに近づいて・・・・

石室石材が露頭していますびっくり

 

 

 

↑中切古墳、南側から

右へ「前方部」がある前方後円墳にも思えるのですが、『文化財総覧WebGIS』によると「円墳」。

近くに中切2号墳もあったようですが、現存していないようです。

 

 

 

↑石室石材に近寄ってカメラ

左側が横穴式石室の開口部、写真中央奥が石室奥壁ということでしょうが、崩れ過ぎて原形がほとんどわからないです。

 

 

 

↑墳頂側から石室を見下ろして

 

 

 

↑中切古墳、東側から

 

伊賀市の古墳、明日も続くウインク

2月4日に訪れた三重県伊賀市の古墳、続きです。

 

↑まずは猪田神社参道横にある「史蹟 猪田神社古墳及古井」と刻まれた石柱

こちら、猪田神社は御祭神は初代伊賀国造、武伊賀津別命(たけいがつわけのみこと)、その武伊賀津別命が葬られているとの伝承がある猪田神社古墳があります。

 

 

 

↑境内にあった石灯籠と「さざれ石」

左の石灯籠、昭和53年に猪田神社古墳の墳頂から出土したもの!「伊賀津彦大明神 御廟前」や「天文三年」と刻まれてますびっくり

ちなみに天文三年は西暦1534年。当時は墳頂に立っていたということ?キョロキョロ

 

 

 

↑社殿を修復?していました。

本殿は文永七年(西暦1527年)に再建だそうです。

 

 

 

↑社殿裏にある猪田神社古墳

ここまで道はありません。現在、石室は露頭していません。

直径24メートル、高さ4メートルの円墳。

 

 

 

↑猪田神社古墳から見た猪田神社の本殿。

 

 

 

↑猪田神社古墳、角度を変えて

3基からなる猪田神社古墳群を形成していますが、当日は猪田神社古墳以外は見つけられず。

 

 

 

↑猪田神社古墳、東側の様子

 

 

 

↑「古井」も見に行ってきました。

 

 

 

↑「古井」の様子

現在も水をくむことができるそうです。

2月4日に訪れた三重県伊賀市の古墳、続きです。

 

この日の古墳巡り、先日アップした名張市の美旗古墳群は事前リサーチをして行ってきたのですが、今日アップする王塚古墳はGoogleマップで「古墳」と検索→「王塚古墳」と出てきたのと、「王塚」って言うくらいだから大きな古墳かな?・・・・みたいな感覚で訪れてみました。

 

↑レンタカーで細い舗装道路を走って近寄って行ったら・・・・あら、小さな古墳なのね滝汗

王塚古墳、東側から。

場所はこちら: 34.706360, 136.179377

 

 

 

↑王塚古墳、南東側から

この現状、小さな王塚古墳。実は墳長48メートル、後円部径28メートル、後円部高さ4メートル、前方部幅24メートル、前方部長さ23メートル、前方部高さ4メートルの立派な前方後円墳でしたびっくり周溝も入れると全長60メートル!!

こちらのデータ、ブログを作る時に初めて知って、かなり驚いています。

人物埴輪も見つかっています。

 

 

 

↑王塚古墳、西側から

この写真と撮っていた時、「小さな古墳だし、草ボーボーだし、次の古墳に行くか・・・・」と思っていました。

実は名前の通り、規模的に立派な古墳でした。