春の終わり
何年振りかに 倉吉に帰省して
街を歩いていると
この近くにお住まいの
存じ上げない方ですが
すれ違うときに
「こんにちわ」っと
優しい声に微笑みもつけて 通り過ぎていかれた。
ああ 倉吉ってこうだったね まだ残っていた。と 心が温かくなり、遠く昔 子供の頃を思い出しました。
流石に繁華街ではこういうことはありませんが、翌日の人がそれほど歩いていない晴れた午後も
目的なく街を 1時間ほど歩いていると、一人や二人ではなく数人の方が
「こんにちわ」
軽く微笑んで「こんにちわ」
こちらもつられて「こんにちわ」
お互いに存じ上げない方なのに。
すれ違う
見知らぬ方も挨拶をする
そうだね子供の頃、散歩をしていると知らない方がたくさん挨拶をかわされていた。
現代は挨拶される方も随分減ったけど、この優しさがまだ生きている。
今は遠くに住んでいますが
温かい心の残る 素晴らしい街
あー倉吉に生まれてよかったな
倉吉に住みたいなっと
つくづくありがたく思った時間でした
永遠に続いていきたい 大切な心
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鳥取県倉吉市
倉吉市は鳥取県の中央部にある人口約5万人で、江戸時代は伯耆国(ほうきのくに)久米郡(くめごおり)倉吉とよばれた古い城下町である。奈良時代には伯耆国の中心として、国庁や国分寺が置かれ栄えた。 その後は山名氏などにより城が築かれ文化の中心となり、江戸時代は鳥取藩33万石の主席家老荒尾志摩1万2,000石の領地として伯耆国の中心として交易が栄えた。一国一城令で打吹城も廃城となるが、今も鍛冶・ 研屋町(とぎやまち)・魚町・湊町などの地名があり、水路が引かれ、商業が盛んで当時の面影を残す多くの蔵が残っており、打吹玉川地区(通称 白壁土蔵群)は日本の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。古くから織物の産地でもあり倉吉絣や芸術活動が盛んである。 倉吉は、海に近いながら小さい盆地に位置し、新鮮な海の幸と山の幸の両方が手に入るという食には恵まれた土地柄である。




