脚がスーッと長くあまりにも均整が取れすぎた 世界一美しい木造建築
なんと 平安の創建時は朱と金で輝いていたという。
日本一危険な所にあり、
それをみるためには木の根を掴みながらよじ登り、鎖の助けでロッククライミングで行かねばならない国宝。
鳥取県の中央部 倉吉市から入っていく。 三徳山 三仏寺の
その山奥深く厳しい修験道のさらに奥 奥之院 投入堂が目指す所です。
本堂までは誰でも行けますが、投入堂は、あまりの山奥で、機材を運ぶこともできない山の崖の凹部に建っており、絶壁にどうやって建てたのか。工法は謎のまま現在も解明されていません。だから、大昔から平安時代に役の行者(えんのぎょうじゃ)が法力で岩壁に投げ入れたとしか考えられないと「投入堂」とよばれています。
投入堂へ行くには平坦な道はなく、両方が切り立った崖や木の根を掴み、垂直に近い岩場では、鎖を助けに登っていく。北アルプスの縦走路より厳しい所ばかりを両手両足で登って行く危険な修験道を本堂から1時間かけて登りますが、数年に一度何人かが滑落していて死者も出ています。 私の登った前日も一人滑落して救急車で運ばれたそうです。
危険なので、入山にあたっては入念にチェックされます。
一人で行くのは禁止。何かあった時のために2人以上。
山を登れる服装はスカートや幅広のスラックスは禁止。
靴は靴底に凹凸のある運動靴かトレッキングシューズを履く事。(金具の付いた登山靴は木の根を痛めるため禁止)。靴底は必ずチェックされます。
靴が理由で入山許可が下りない場合、わらじ(有料)に履き替えることで入山許可が下りる場合があります。
両手に荷物を持たないよう、バッグはリュックが理想。
あまり歳をとった方は断られることがあります。
等の厳しいチェックが終わると用紙に名前と住所、携帯番号を書き出発です。
尚、今回は、片足が60cm以上上げられないと登れない箇所が何箇所かありました。
しかし その危険な山を登りきり、投入堂の前に立つと何も言えない満足感があります。
全国の古寺や仏像を撮り続けた日本が誇る大写真家、土門拳は「日本一の名建築は」と問われた時に「投入堂」と即答し、「二度と登るのはごめんだ」と言いつつ何度も撮影で三徳山を訪れたという。
この投入堂 創建当時は朱の色(高いお寺は丹(に)塗り)で部分的に金箔も使った豪華な仕上げだったそうです。(10年位前多くの学者が入り精密検査で壁にわずかな痕跡を判明)
あの崖の中で当時のまま丹塗りで建ってたら比べようもなく、素晴らしく美しかったことでしょう。
獣道のような険しい道
大きな岩の間を垂直に登ります。
木の根を掴んでよじ登っていきます。
垂直に近い
くさり場 クサリを持ってしっかりよじ登る
馬の背 両サイドは深い谷になっていて風が吹くと怖いです。
胎内潜り
やっと 投入堂が現れた
登りより危ない下りのきつい修験道を汗をかいて降りてきた後は、下界の三朝温泉の川にある河原湯に浸かってからゆっくりと疲れを癒し帰るのがいつもの習慣でした。
今回もいい天気で様々な花などを見ながらゆっくり行って来ました。
私の実家から車で30分ほどで本堂に着きますが、
私は小学3年生頃から何度も来ていて、もう10回以上登っていますが、危険なのは今も一緒。しかし、2回の地震の影響で以前よりきつくなった感じがします。
その厳しさを乗り越えたあとは、観ても素晴らしい建物です。
もう時効だから言いますが、半世紀前、鍵をかけて鉄条網で侵入禁止されていた投入堂下の柵を乗り越えて崖をよじ登り、投入堂の中に入ったことがあります。ここから落ちたら死にますね。
狭い舞台から見る崖下の眼下の景色は全て自分一人の世界で、それはそれはきれいでした。
そして帰りに舞台に落ちていた枯葉は掃除しておきました。
皆様も足腰が大丈夫なうちにこの偉大な建物をご覧になってください。
…………………………
三徳山三佛寺は、鳥取県のほぼ中央、倉吉の南の三朝温泉からさらに山峡に分け入ったところにある天台宗の名刹。三徳山は標高約900m。修験道の霊山とあって地形は急峻で、谷は深い。断崖や巨岩が露出する三徳山が開山されたのは、706(慶雲3)年といわれ、役行者が開いた。
三徳山三仏寺が開山されたのは、飛鳥時代最末期706年(慶雲3)年といわれ、最盛時には41の堂宇に僧坊が3,000、寺領は1万町余りの威容を誇り源頼朝や足利義満にも尊崇された。それらの堂宇や坊舎はことごとく兵火で焼失したが、岩壁の投入堂は建立時のまま残った。建てられたのは平安時代後期といい、大山と共に山陰地方山岳密教の聖地でした。
天台宗 三徳山 三佛寺
鳥取県東伯郡三朝町三徳































