染めと織の万葉慕情86
手枕まかず紐とかず
1983/12/02 吉田たすく
紐の歌のつづきです。
万葉巻十八には大伴の家持が越中の国に単身赴任をしていたおりに作った歌が多くのせられています。
その中の一首に五年もの長い間、都に花の妻をおいて一人越中の国でナデシコを庭先に蒔(ま)いて花をめでて心をなぐさめた歌があります。
大君の 遠の朝廷(みかど)と 仕(ま) き給ふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越に下り来 あらたまの 年の五年(いつとせ) 敷栲(しきたへ)の 手枕まかず 紐解かず 丸寝をすれば いぶせみと 情慰 (こころなぐさ) に なでしこを 屋戸(やど) に蒔き生し 夏の野の さ百合引植えて 咲く花を 出で見ることに なでしこが その花妻に さ百合花 後は逢はむと 慰むる 心し無くは 天離(あまさかる) 鄙(ひな)に一日も あるべくもあれや
大君の遠い田舎の役所として、御任命になる役目のままに、御雪降る越の国に下って来て、五年の間、妻の手沈もまかず、結んでくれた下紐も、郷の娘と解くでもなく、一人丸寝をしているので、気持がふさいでしまい、心を慰めようと、 ナデシコを庭先に蒔いて育て、夏の野の百合を引き植え、咲く花を出て見るごとに、ナデシコのように美しい花の妻(都にのこした妻)に後にでも逢えようと、思いを慰めることができなかったら、都から遠い田舎に一日でもいることができるだろうか、 できはしない。 という歌です。
国造としての家持が、都に妻をおき、単身赴任をして五カ年の間み雪降る越の国で生活、そのわびしさを詠います。
「敷栲(しきたえ)の手枕まかず紐解かず 丸寝をすれば」と、都においている妻と共寝、うま寝を思い出し鄙(ひな)にいる心がせつなくきかれるのです。
家持もこのような思いであったから、同じように旅先でのおのこたちも詠っています。
海原を
遠く渡りて
年経とも
児(こ)らが結べる
紐解くなゆめ
これは防人(さきもり)の歌です。 さきもりは東国の人達が徴兵されていました。 関東地方から九州へ半島へと海をわたって行きました。郷にのこした妻の結んでくれた下紐をにぎりしめ、 この紐はとかないよとちかうのです。雄々しい姿の防人なれども心の中はおなじ人の児なのです。
(新匠工芸会会員、織物作家)

