今週は京都などの平野でも紅葉が一番の見頃のようですが、私はここ20年程は12月の第一週に京に行くようにしていました。永観堂やその他京都市内で1番の見頃時期なのに、12月と言うので客数が少し減り、1番のチャンス。この12月第一週が一番です。
生憎と今年は都合が付かず来週になってしまいますが、落ち葉の京もいいもんですね。
紅葉の美しさには濃い赤、赤、朱、黄など様々な色が共演してこそその美しさがさらに膨らみますね。
なぜモミジというのでしょう、
紅花(べにばな(万葉集の紅(くれない)))を 揉んで、絹布を紅色に染めたものを「モミ」と言い「もみづ」と呼んだものを、秋になって紅葉した樹木の葉が赤や黄色に染まっていく様子をこの「もみづ」に例えて言われるようになったのです。
もみじは現代は真っ赤な紅葉が好まれ、紅葉と書くと思われているようですが、実は紅葉(もみじ・こうよう) と黄葉(もみじ・こうよう)という字がありました。 紅花染(べにばなぞめ)には染め方により黄色から紅色までありますが、それと同じように平安時代はモミジとは赤・紅・黄など多様な色の木々の総称でした。
そしてそれは時代によって好まれるものが変わっていったのです。
万葉集には「もみじ」の歌が百首ほど詠まれていますが、現代では和歌の表記はモミジが黄葉ではなくて紅葉と変えて書かれているものが多く、気が付かなかったのですが、実は、黄葉と記したものばかりで、赤葉が一首、紅葉も一首しかないそうです。次の古今和歌集でも黄葉が圧倒的に多いそうです。
平安の雅の時代には現代のように派手で鮮やかな赤よりも、落ち着いた黄葉が好まれていたのですね
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あしひきの
山の黄葉(もみじば)
今夜もか
浮かび行くらむ
山川の瀬に
大伴書持
山のもみじは、今夜もまたはらはらと散っては、山川の深い谷間の川に浮かんで流れて行くことであろう
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経もなく
緯も定めず
娘子らが
織る黄葉に
霜な降りそね
大津皇子
縦糸もなく横糸も定めずに、少女たちが織った紅葉の錦に、霜よ降らないでおくれ
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黄葉(もみじば)の
過ぎかてぬ子を
人妻と
見つつやあらむ
恋しきものを
読み人知らず
忘れられないほど恋しい女を、人妻ゆえに、見るばかりで手を出せない切なさよ
手折(たお)らずて
散りなば惜しと
わが思ひし
秋の黄葉(もみじ)を
かざしつるかも
橘朝臣奈良麻呂
手折らないでいて、散ってしまったら惜しいと思っていた、秋の黄葉を、手折って髪にかざることができました。
美しい娘をそっとしておいておきたいと思いつつ、他所へ行ってしまったら惜しいと思い 手折って私の元へ
