染めと織の万葉慕情83   紐解き放けず | foo-d 風土

foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情83

  紐解き放けず

   1983/11/11 吉田たすく

 紐のつづきです。

 秋も深まってまいりました。毎朝、小鴨川(注1)の土堤を自転で散輪していますが、ほほにあたる風がつめたくなり、川原の面(おも)はセイタカアワダチソウのほんとに黄色が明るく、そのまわりの草紅葉(くさもみじ)の深い朱色が美しく調和して来ました。水面には鴨があそんでいます。 今朝かぞえてみましたら、百七八十羽にも数がふえていました。昨年のようにも少ししたら白鳥の姿の見られるのがたのしみです。

 

 さて今日の歌は、越中の国の大伴家持の館(やかた)での宴(うたげ)に官人が集まって詠った歌数首があります。 

 

 その中の家持の歌

 

 今朝の朝明(あさけ)

  秋風寒し

    遠つ人 

   雁(かり)が来鳴かむ

     時近みかも

 

 という歌につづいてもう一首

 

 天離(あまさかる)

  鄙(ひな)に月経(つきへ)

    しかれども

   結びてし紐を

    解きも開けなくに

 

 都からはなれた田舎に来てもう一ヶ月送った。

しかし都で妻が結んでくれた下紐を私は解いたりはしなかった。ないしょで鄙の娘子と紐解いていないんだと詠い。これにあわせるように宴に来ていた大伴池主が同じうたい出しで詠います。

 

 天離る

  鄙にあるわれを

    うたがたも

   紐解き放 ()けて

    思ほすらめやも

 

 田舎にいる私を、都の妻は下紐を解いて思いを寄せているだろうか。(いやいやあいつのことだ心を寄せてなど決していないよ) 

 

 も一度、家持がこの歌にあわせます。

 

 家にして

  結びてし紐を

    解き放 ()けず

   思ふ心を

    誰か知らむも

 

 家で妻が結んだ下紐を解き放たずに、妻に思いを寄せている気持ちを誰が知っているだろう。誰も知っていないんだ。

 そこに居たもう一人の人秦八千島という人が

 

………女郎花 咲きたる野辺を 行きつつ見べし

 

と詠って話をまとめます。

 

オミナエシの咲いた野辺に行って、その花を見て心を慰めようよ。

すなおにおさめているようですが、当時の宴の歌の事ですから。

鄙には鄙にオミナエシのように美しい娘もいようもの 花をもとめ

て慰めようよ と詠っているようです。

 

 紐の歌は、おわかりのように、今でいうセックスを意味しているのですがちょっとかんがえて見ると不思議なのです。

 東歌のような民謡風な粗野な農民の生の歌ならわかるのですが、今日のせた歌は越中国司、大伴の家持であり、それを取りかこむ官人たち、大伴池主は越中縁の高官であり、秦の八千島は掾(注)の次の官の四等官なのです。

もちろん酒宴の上での歌ですから、エッチな歌をうたうのはたのしい事でしょうが、その歌を文字でのこし万葉集にのせているという事がちょっとわからないところです。

妻恋の思を現わすのに他の表現も出来ますもの。そこが万葉だというのでしょうか。

 

   (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

 …………………………

 

小鴨川(注1)

 小鴨川は鳥取県中部 倉吉市を流れる大河 天神川の支流で、江戸の昔から倉吉の水運の拠点でもありました。私(周之介)も小さい時から、よく遊びに行き、魚釣りや魚獲り、デートコースでもあり、夏は水泳に行ったり、納涼花火大会も催されている心の川でもあります。

 

 

(じょう)(注2)

掾(じょう)とは、日本律令制下の四等官制において、国司の第三等官(中央政府における「判官」に相当する)を指す。

 国司の四等官は、(かみ)・(すけ)・掾(じょう)・(さかん)という文字を用いた。本来「掾」という漢字の音読みは「エン」であるが、三等官は文字にかかわらず「じょう」と訓ぜられる。

 

中世以後、職人・芸人に宮中・宮家から名誉称号として授けられるようになり、江戸時代中期以後はとくに浄瑠璃太夫の称号となった。

 

 …………………………

 

『染と織の万葉慕情』は、私(周之介)の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982(昭和57)416日から 1984(昭和59)330日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。

 尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food  風土」の中の、テーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

 https://ameblo.jp/foo-do/theme-10117071584.html

 

 …………………………

吉田 たすく(大正11年(1922年)49 - 昭和62年(1987年)73日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。

風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。

東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。

代表的作品は倉吉博物館に展示されているタペストリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく