染めと織の万葉慕情75
紐解かず
1983/09/16 吉田たすく
下紐の歌のつづきです。
共寝の朝、互に結びあって別れて行きつぎの夕、解きあう紐です。 翌日なり、数日後までの結びならばよいのですが、長い旅出の時など二人で結びあう気持ちはどんなだったでしょう。 その草枕の旅の夜長、妹は郷でまっている。 一人わびしく丸寝をして、妹を偲ぶ歌があります。
うつせみの 世の人なれば 大君の 御命畏み 磯城島(しきしま)の 倭(やまと)の国の 石上(いそのかみ) 布留の里に紐解かず 丸寝をすれば わが着たる 衣はなれぬ 見るごとに 恋はまされど 色に出れば 人知りぬべみ 冬の夜の あかしも得ぬを 寝(い)も寝(ね) ずに われはそ恋ふる 妹が直香(ただか) に
「うつせみの世の人なれば 大君のみことかしこみ」の歌い出しは、笠朝臣金村(かさのあそんかなむら)の幾度も使う銘句です。
この世の人ですから(平凡な私ですから)、大君の仰せをかしこみ承って、大和の国の石上の布留の里(今の天理市)に赴任して、妻も居ないから一人寝で、紐も解かず丸寝をしていると、衣はよれよれになってしまって、それを見るごとに妻を恋ふ心はまさるけれども。その思いを顔に出せば、人に知れるだろうから。明しがたい冬の夜を、ちっとも眠らないで私は妹(妻)を、その人自身を恋いこがれているのです。
奈良の都からそんなに遠くでもない所であるのに、こんなに恋いしく思うのですという反歌が次につづきます。
布留山ゆ
直に見渡す
京(みやこ)にぞ
寝(い)も寝(ね)ず恋ふる
遠からなくに
もとの歌に
「(い)も寝(ね)ずに われは恋ふる」と
反歌に
「寝(い)も寝(ね)ず恋ふる」と同意、同音の詞がつづき、恋ふる、恋ふる、と妹を思う気持ちが切々と詠われています。
もひとつ反歌
吾妹子(わがもこ)が
結びてし紐
解かめやも
絶えば絶ゆとも
直(ただ)に逢ふまでに
わが妻が旅立の朝わが腰に結んでくれた下紐、私は解こうか、いや(あそびめなどのために) 決して解きはしない。もし紐がよれよれになって切れるならば、切れることがあろうとも京へ帰って妹に逢うまでは。 純情そのものの妻恋歌です。
その表現の媒体として、紐を使っているところに直接的で、まよいもなくそのものズバリの詠い方。 気持ちが滑らかに読者に伝わって来るのです。 現代の恋歌にはまねの出来ない歌です。
万葉の若者は皆このように純情であったのでしょうか。私にはわかりませんが、とにかく紐を詠った歌がたくさんあるのです。
(新匠工芸会会員、織物作家)

