染めと織の万葉慕情73
この紐解けと言うは誰がこと
1983/09/02 吉田たすく
万葉の巻第四は、全巻相聞歌でまとめられています。 恋の気もちを贈る歌と、贈られた人がこれに答える歌で構成されているのです。
先週の歌はこの中の一首ですが
又一首、紐の歌をひろってみました。
獨り宿(ね)て
絶えにし紐を
ゆゆしみと
せむすべ知らに
音のみしそ泣く
これは、中臣朝臣東人(なかとみのあそみあづまびと)の歌で兵部や刑部卿になった人です。 この人が阿倍女郎(あべのいらつめ) に贈った歌です。
かの女と互に結びあった紐を、二人して解きあう事もなく別々の地での生活も長く、獨り寝に結んだ紐もよれよれになって絶えて切れてしまった。不吉に感じられてどうする事も分らずにただ泣けるばかりであります、と会いたい心を歌で贈ります。
これに答えて
わが持てる
三相(みつあい)に
よれる糸もちて
付けてましもの
今そ悔しき
そんな事ならば、私の持っている三本より合わせた丈夫な糸で縫ってあげるのだったのに。 今になって後悔されます事。
互に結んだ紐が長い別れの間に絶え切れても心の紐は切れないようにむすばれているのです。
三相の糸でとありますが、当時の糸には木綿糸は有りませんでした。麻糸か、葛藤の糸です。
又高級なものには絹糸もありました。 この歌は貴人の歌ですから絹糸であったかもしれません。 糸をあつかう私はこんな歌が目につくのです。
糸を作る場合二本コにすることはよくありますが、三相という三本コの糸はめづらしい糸と思われます。 こんな歌の中に糸の作りを知る事が出来るのです。
この歌の次に(紐に関係はないが) おもしろい歌がありますので読んでみます。
神樹(さかき)にも
手は触るとふを
うつたへに
人妻と言えば
触れぬものかも
神木にさえ手を触れるといふのに、人妻というと決して手も触れてはならないものなのかなあ? そんな事、いわないでね、とちょっとふざけた歌です。
人妻の歌が出ましたので今一首
人妻に
言ふは誰がこと
さ衣の
この紐解けと
言ふは誰がこと
人妻である私にあれこれ(やさしい言葉を言うのはどなたのお言葉?この紐(主と互に結びあっている下紐)を解け(主にないしょで)と言うのは、どなたのお言葉? 万葉の紐の歌にはゆかしい色がありますが、こんなに艶っぽい歌もみられるのです。 現代の私達でも、人妻に「さ衣のこの紐解けと」言ってみたいものです。
(新匠工芸会会員、織物作家)

