染めと織の万葉慕情69  妹が手本を離るるこのごろ | foo-d 風土

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染めと織の万葉慕情69

 妹が手本を離るるこのごろ

   1983/08/05 吉田たすく

 

 毎朝三十分から一時間自転車で郊外を走る事にしている。

 今朝は道ばたで”へくそかづら” を見つけ持ちかえり、鉈(なた) さやのつり花入れにさしたらしてたのしんでいます。

 この “へくそかづら"は山野の草木にからんでのびるつる草で勢力の強い草です。 夏にさくのです。 小指の頭くらいの小さな朝顔形の白い花でその奥にほんのりピンクの紅をそめた優しさは、たくましいつるに似ず可憐そのものです。 そのつるをちぎると青くさいので»へくそかづら"といういやらしい名がついたのでしょう。

 万葉にこの草の歌が一首あります。

 さうけふに

  はひおほとれる

    くそかづら

  絶ること無く

   宮仕へせむ

 " さふきふ" という灌木にはっておおっているくそかづらのように、絶える事なく長く長く宮仕をする事である。

 横道にそれましたが"手本”「たもと」の歌にかえります。 妹の手本を巻いてとは、二人寝の事をいうのですが、万葉歌ではそのような事があったとか、今は夢に見るだけといった歌い方で恋情をあらわしています。

 かくばかり

  恋ひむものぞと

    思はねば

  妹が手本(たもと)を

    巻かぬ夜もありき

 こんなにも恋い苦しむものとは思わなかったので、妹のたもとをまいて枕にして寝ない夜もあった。

 二上(ふたがみ)に

  隠らふ月の

   惜しけれど

  妹が手本を

   離(か)るるこのごろ

 二上山に月が隠れるようにあなたも行ってしまい惜しい事だ。共寝をした妹の手本も離れてしまったこのごろのわびしさよ。 またこの歌のスタイルとよく似た歌があります。

 世のなかに

  恋繁けむと

   思はねば

  君が手本を

  まかぬ夜もありき

 恋心がこんなにも、はげしいものとは思わなかったので、あなたのたもとをまいて寝る事のない一人寝の夜もあった。

 このように大変よく似た歌が万葉にはよくあります。今でいう”変え歌"のたぐいかもしれません。

 次の歌もそのような歌の二首です。

 現(うつつ)にも

  今も見てしか

   夢のみに

  手本まき寝と

   見れば苦しも

 現にと

  思ひてしかも

   夢のみに

  手本まき寝と

   見るはすべ無し

 現実に今、妹に逢いたい。 妹とたもとを巻いて寝る夢だけ見るのは苦しいの。もうひとつは、現実にと思いたい、夢にばかり妹ともとを巻いて寝る夢だけ見るのは何ともたえがたいものよ。

 どちらの歌が初めにあってそれをまねた歌がどれなのかはわかりません。

 袖を巻く歌につづいて、手本を巻く歌をたくさんならべましたが、袖も手本も、共寝の表現に詠われた歌ばかりでした。

 私がこのような歌だけをさがしたわけではありません。あしからず。 これで袖と手本の歌を終わります。

       (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

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 屁屎葛(ヘクソカズラ)

オオイヌノフグリに負けず劣らず可哀想なな名前ですね。

古名はクソカズラ(糞葛・屎葛)で、平安時代にはもうつけられていた名でした。しかし、つけた人はこの花の可憐さが理解できないあまりにも下品で、可哀想な人ですね。

別名、ヤイトバナ(灸花)、サオトメバナ(早乙女花)サオトメカズラ。こちらは美しい名前でほっとしますが、こちらを正式名称にすべきだったと思います。

中国植物名では鶏屎藤(けいしとう)。中国でもひどい。

英語でも、Skunkvine(スカンクのつる草)

臭いの原因は、ヘクソカズラに含まれているメルカプタンという揮発性物質にあります。メルカプトンはガス漏れ検知のために、ガスの臭い付けにも使われています。 これは植物の食害防御策。

ほんの少し臭い感じはありますが屁糞って言われるほどではないと思います。