染めと織の万葉慕情64
袖のなれにし
1983/07/01 吉田たすく
ふたりで共寝をする事を万葉では袖という言葉であらわす事がたくさんあります。 袖をまくとか袖を交(か)わす、袖のなれにしーなどのいい方で詠います。
ま日長く
川に向き立ち
ありし袖
今夜まかむと
思はくの良さ
この歌は七夕の牽牛の歌の中の一首です。
長い日数の間、天の川の川岸向こうの女と向き合っていたけれど、その彼女の袖を今夜こそ枕にするのだと思うと、何と快いことよ。
これはこれはみごとに、そのものずばりを詠ってのけています。 万葉歌にはこのように喜々としてたのしい歌もありますが、おおかたは、 わびしい歌の方が多くあるのです。 七夕は夏の歌ですが冬の歌にこんなのもあります。
沫雪(あわゆき) は
今日はな降りそ
白栲の
袖巻き乾(ほ)さむ
人もあらなくに
雪よ今日は降らないでおくれ白の袖を枕にして共にうま寝(注)をして、乾かしてくれる人もいないのだから。
袖を巻いてくれる人の今はないさびしさ。
又一首
あらたまの
年は果つれど
しきたへの
袖交へし児を
忘れて思へや
私は年とってしまったけれど、袖交えて寝たおとめごを忘れましょうか、 忘れられません。
若き日の彼女との生活を追憶するの歌なのです。
又の同じような歌一首
私がいのち
衰へぬれば
白たへの
袖のなれにし
君をしぞ思ふ
私ももはや衰える年令になった。むかし袖を交わして寝、親しんでいたあなたの事をなつかしく思い出します。
私は衰える年にはなったけれども今一度、君に会ったならという気持ちを詠った歌であります。
うらぶれて
離(か)れにし袖を
また巻かば
過ぎにし恋
乱れ来むかも
恋する心もしおれ長い年月離ればなれになってしまった、かつてのあの人、彼の君の袖をふたたび枕にして寝たならば、過ぎさったあの頃のようにまた狂い乱れて来るであろうか。そうある事をのぞむけれども、今となってはのぞみない事なのだろうなあ。
万葉歌にはこのように衣料の一部の袖をつかって、胸のおくのせつなさ、わびしさを詠った歌がたくさんあるのです。
追憶はそれだけで詩になるのでしょうか。
(新匠工芸会会員 織物作家)
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うま寝【旨寝・熟寝】
気持よくぐっすり眠ること。熟睡。
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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。
これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。
尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food 風土」の中の、テーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。
https://ameblo.jp/foo-do/theme-10117071584.html
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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。
風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。
東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。
代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士
尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。
吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく
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