不染忌 父の命日 | foo-d 風土

foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

不染忌

 

七夕の

 蛍が乱舞

   する頃に

  機織り人は

   天に昇りて

 

 

 蛍が大好きで

  月見草を愛し

夕暮れに小鴨川の土手に一緒に行き

月見草は咲く瞬間にポンっと音がするよと教えてくれた父は

 

大好きな蛍や月見草の咲く頃にタイミングを合わせて逝った

7月3日は父の命日

あれから35年

 なでしこの咲く頃

   いつも思い出す

     父の顔

その後父の元へいった母と染め織りを生前の様に仲睦まじく行っていることでしょう

今頃どんな作品を織っているのでしょう。

母はいつもの様にネクタイを織り父は新しい染めの絹の着尺でしょうか

いつか私もその作品を見るのが楽しみです。

 …………………………

吉田たすく

 絵羽着物 「なでしこ」 昭和60年(1985年) 新匠工芸会作品

風そよぐ

 花と想えし

  君の影

 染め織りたるは

  撫子の花

       周之介

両親は亡くなるまで恋愛状態の様な夫婦でした

この作品は、おそらく愛する母のことを想いながら織り上げたのだと思います

…………………………………………

いにしへに

  織りてし服(はた)を

    この夕(ゆうべ)

  衣に縫いて

   君待つ我を

      万葉集

(以前あなたのために織た織物を、今夜には縫い上げ あなたが来られるのを私は待っています)

         

 …………………………

 

「不染」

1969年、東大寺清水公照大僧正を自宅に迎え話を伺う中で、たすくの染織に対する姿勢に好感を持った大僧正より「不染」の号を名付けられた。また、「おらずやのたすく」ともいわれた。「不染」の号を得て、たすくはとても感激し大切にしていたという。また、この時公照大僧正は部屋の襖にサラサラと大きな襖絵を書かれて、たすくは更に感動したという。

 

 

清水 公照(しみず こうしょう1911年1月3日 - 1999年5月6日)は、華厳宗僧侶。(現・姫路市)出身。

第207世、第208世東大寺別当華厳宗管長となり、苦心の末、東大寺大仏殿昭和大修理を行った。1963年頃から子供達の描く大仏さんの奇想天外な絵に触発されて墨画を描くようになり、「泥仏(どろぼとけ)」と称するユニークな小さな仏像を制作し独特の味わいのある書画陶芸で知られ泥仏庵と号す。また、墨画書画、陶芸の作品制作等も多く、「今良寛」の異名がある。