染めと織の万葉慕情57
続 袖降る歌
1983/05/13 吉田たすく
先々週にのせました大伴旅人の歌
凡(おほ)ならば
かもかもせむを
恐(かしこ)みと
振り痛(いた)き袖を
忍びてあるかも
という一首でしたが、これに続いて今一首、振る袖の歌があります。 この二つの歌には、次のような話が書かれています。
大宰師大伴卿、大納言に兼任して、京に向ひて上道(みちたち) す。 此の日、馬を水城 (みづき)に駐(とど)めて、府家(大宰府の庁)を顧み望む。時に卿を送る府吏の中に、遊行女婦(うかれめ)あり。 其の字(あざ
な)を児島といふ。 ここに娘子(をとめ)、此の別るることの易きことを傷(いた)み、彼(そ)の会うことの難きことを嘆き、涕(なみだ)を拭(のご)ひて、 みづから袖を振る歌を吟ふ。
とあって歌があるのですが、このそえ書きの中の文句にある別るることの易きことを傷み、会うことの難きことを嘆き、というところは他の歌の前書きにもありますけれども、ただ別れの寂しさ、哀しさというだけでなく、その別れと会うとの二つの言葉を並べていることにより、別れに対する人の哀惜の情が、時間を離して深く表されていくように感じられます。 「うかれめ」の乙女は、他の府吏たちのようにおおっぴらに手も振れません。しかし、他の人たちよりももっともっと哀しい想いをかくしきれず、袖を振るのです。
倭道(やまとじ) は
雲隠りたり
然れども
わが振る袖を
無禮(なめし)と思ふな
大和においでになる道は雲に隠れています。(そのように私の振る袖はお見えにならないでしょう)しかし、こらえきれず振る袖をどうぞ無礼と思わないで下さい。
この歌の気持ちとよく似た歌があります。
草枕
旅行く君を
人目多み
袖振らずして
あまた悔しも
別れを悲しぶる歌の一群の中の一首ですが、ただの仲の二人ではない人の別れなのでしょう。 人目が多いので、袖を振りたくても振れない気持ち、悔しくて悔しくて。
今で言えば、駅のプラットホームに出て手を振れないで、ベンチのすみでうしろ姿を心で見送るというところなのでしょう。
舟の別れの歌もあります。
八十楫懸(やそかかけ)
島隠りなば
吾妹子(わぎもこ)が
留まれと振らむ
袖見えじかも
たくさんのかいでこぎ出した舟は、島々に見え隠れする。 行かないで、行かないで、と留めながら袖を振った吾が妻は、もう見えないだろうか。
別れの袖の振り方には、心の微妙な変化が表れているものなのです。
(新匠工芸会会員、織物作家)

