染めと織の万葉慕情58   男女の別れの歌    1983/05/20 吉田たすく | foo-d 風土

foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情58

  男女の別れの歌

   1983/05/20 吉田たすく

 万葉の歌の大半は恋歌であります。恋とは愛に近づく一つの過程を意味しています。 恋は請(こう)の意なので、会いたい見たい、一緒になりたいと、こう気持ちが恋なのです。

 愛は相(あい)で、相とか相合傘などのように一緒になることを意味しています。

 恋愛とは、その成り行きの表現で、請いで相うのです。しかし、恋は必ず相えるとはかぎりません。 失恋がうまれて来るのです。

 万葉の恋歌の内の秀歌に、失恋の歌がかなりあります。 失恋にかぎらず、男女の別れの道程を美しく詠んだ歌をとりあげます。

 白梓(しらたへ)の

  袖の別れは

   惜しけれど

  思い亂(みだ)れて

   ゆるしつるかも

 しらたへの袖を別れて離れ離れになるのは惜しいけれども、私の心は乱れてしまって別れたいという、あの方を許してあげたい。 袖を分かつことと悲しさにその袖を振るのです。また相たいが、それはもう出来ないのだと。

 思いつめた袖振りの別れでなく、恋人同士のたわむれの袖振りの歌もかなりあります。

 恋しけば

   袖も振らむを

   武蔵野の

  うけらが花の

   色に出なゆめ

 この歌は、巻十四の東歌(あづまうた)=関東地方の未開の地の歌の中の一首で、関東地方の民謡でしょう。

 恋しければ、私が袖を振りもいたしましょうが、決してお前は恋心を顔色にあらわしてはいけませんよ。人に知れるからね。

 次の二首も同じく東歌です。 

 妹が門いや

  遠ぞきぬ

   築波山

  隠れぬほどに

   袖は振りてな

 お前の家の門はいよいよ遠のいて行く。 ちくば山に隠れてしまわないうちに袖を振ろう。 これはしばしの別れの軽い袖振なのです。

 日の暮に

  碓氷(うすひ)の山を

   越ゆる日は

  夫(せ)なのが袖も

   さやに振らしつ

 うすい山を越える日には、わが背の君も袖を、はっきりとお振りになった。 うすい峠のかかりで別れの背の君の振る袖を見ている女心の歌です。

 わが背子し

  けだしまからば

   白袴の

  袖を振らさね

   見つつ偲(しの)はむ

 私の背の君が、もし都を出て越前の方へおいでになるなら、しらたへの袖をお振り下さい。 それを見つつお慕いいたしましょう。

 なかなかお会い出きない君であるが、もしおこしなら袖を振ってね、というところでしょうか。

 その袖の枕詠が「しらたへの」とくるので、緑の山路に袖の白さが目にしみるようです。

      (新匠工芸会会員、織物作家)