染めと織の万葉慕情51   水江の浦島の子 | foo-d 風土

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染めと織の万葉慕情51

  水江の浦島の子

   1983/04/1 吉田たすく

 春の海の岬で、釣り人が糸をたれる季節になりました。先週まで竹取の翁の長歌でしたので、もう一つの長歌をおめにかけましょう。

 水江(みづのえ)の浦島子(うらしまこ)を詠む一首。伽噺(おとぎばなし)の浦島太郎のはなしが、万葉集にのっているのです。

 

 春の日の 霞める時に 墨吉(すみのえ)の

    岸に出て見れば 古のことぞ思ほゆる

 

 春の岬に出てみると、昔ばなしが思われると前書があって水江の浦島子が、カツオを釣りに出かけて鯛を釣って調子づき、七日までも家にも帰らず、海の果てを過ぎて漕いで行くうちに、海神(わだつみ)の神の娘に出逢いました。求婚して話がまとまり、契りを結びます。常世(とこ)の国に至り、わだつみの神の宮殿の奥の方の霊妙な御殿に、手を取りあって二人で入って行きました。

老いもせず、死にもしなくて永遠にいられたというのです。

 ところで、この万葉の浦島は、子供にいじめられていた亀をたすけるでもなく、亀の背中にのって行ったのでもありません。亀の話は、勧善懲悪の思想が仏教伝来で日本に入った後に着け加えられた話かも知れません。

 この話は、大陸から仏教が入る以前のおとぎ話であったのでしょうか。日本書紀では、丹波の国の話となっていますけれど、私が思うにはこの浦島は大陸から来た話ではなくて、仏教に関係ない南方諸島から黒潮にのって運ばれた話ではないでしょうか。

 

 浦島はカツオを釣りに出かけて行き、帰って来なかったのです。カツオは黒潮の魚、太平洋のかなたに女神のすむ常世の国があったのです。

「ほんのちょっとの間、家に帰って父母にこの話をして明日にでも来よう」と妻に話せば「常世の国にまた帰って逢おうと思うなら、この箱を開けないで、けっして」といって美しい箱をわたし、堅くちかったけれど、すみの元に帰った浦島は家も里も見あたらない。

「家を出て三年間に垣もなく家もなく、この箱を開けてみれば、元に戻るかもしれない」と、その美しい箱を少し開ければ、白雲箱から出て常世の方へたなびいて行きました。飛び上り、叫び、袖を振り、ころげまわってじだんだ踏んだが、たちまち失神してしまい、若い肌もしわがより、黒髪も白くなり、呼吸も絶えてあげくの果て死んでしまった、という水江の浦島の子。昔々、その島が住んでいた跡が見えるよ。

 

万葉集を読んでいると、こんな話が時々とびだして楽しいものです。

 

           (新匠工芸会会員、織物作家)