染めと織の万葉慕情50   麗しき姿 (2) | foo-d 風土

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染めと織の万葉慕情50

  麗しき姿 (2)

   1983/03/25 吉田たすく

 

竹取の翁が、青春時代に麗しき染織品の衣服をあのように着飾って、乙女たちにもてはやされた話をして来ましたが、まだ続くのです。

 本文は紙面の都合ではぷきまして、小学館の古典文学全集の訳文を借りますが。

 春もすぎ秋になって、山辺の野原を歩いていると、懐かしいと私を思うのでしょう。 空の雲までも、ゆったり遊んでたなびいている。

 野山から帰ってみると、宮仕えの美しい乙女たちはもちろんのこと、宮仕えの高官の舎人壮士(とねりをとこ)までも、私をそっと振り返って見て、あれはどこの御曹子(おんぞうし) かしら、などといわれていたのです。

 その昔、このように華やかな私だったんだけれども、なんということだ。今日は、あなたたち九人の美しいお嬢さんにお会いして、このような昔話をしてもほんとかしらと思われているのではないのかな。

 年を取ると、情けないものですね。あなたたちにからかわれて、でもね、昔の賢い人は後の世の鑑にしようと思って、老人を送って行った車を引いて帰ったという話があるんですよ。 ばかにしないでね。

 ここで、竹取の翁の長歌は終わるのです。

 この竹取の翁の長歌に続いて、反歌があります。

 白髪し

  子らも生(お)いなば

   かくのごと

  若けむ子らに

   罵(の)らえかねめや

 白い髪が、九人のあなたたちにも生えてくる年になったなら、今、私がされているように、あなたたちはもっと若い人に罵られるにちがいないよ。

 乙女たちは翁の気持ちに依ったのでしょう。 九首の反歌が次に続きます。

 そのうちの二首

 住吉の

  岸野の榛(はり)に

   染(にほ) ふれど

  染はぬわれや

   にほいて居らむ

 翁の歌にある若かりしころに着ていた「住吉の遠里小野のま榛もちにほしし衣に」にかけて詠っています。

 そのハリの木で染めてもなかなか染まらない私だけれども、この翁の気持ちに(友達同様に)依り従うだろうか。

  否(いな)も諾(を)も

   欲しきまにまに

    赦(ゆる)すべき

   貌(かたち)は見ゆや

    われも依りなむ

 私たちがいやと言ってもはいと言っても、どちらででもこちらの思うままを受け入れてくれる翁の顔つきが見えますから、私も翁の気持ちに依り従いましょう。

 華やかな翁の青春と、今の翁のなんともやるせない気持ちを詠った歌で、この歌を読んでいますと、吾が身のよる年波をつくづく考えさせられ

てしまいます。

    (新匠工芸会会員、織物作家)

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 この項の最後に「我が身のよる年波を」と書いていますが、

父が生まれたのは大正11年(1922) 4月9日ですから、これを書いたのは61歳の時。それほどの歳ではないと思いますが、亡くなったのが昭和62(1987)年7月3日 65歳ですから、記述してから4年後なので、もしかしたら何か感ずるものがあったかもしれません。

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 父が新聞に毎週一度2年にわたって連載した「染めと織の万葉慕情」全100回も、ようやく半分の50回。

 古い新聞のコピーを判読し一部補足を交え、間違いを訂正し投稿してきましたが、4500もある万葉集の歌の中から見つけ出してこれを書いて行った凄さに感心しながら、万葉集は数歌見た位の何も知らない私が、父のおかげでほんの隅っこだけでも触れる事ができて良い勉強です。

  去りてなお

    親に庇護さる

       ありがたさ

 

 

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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。

 尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food 風土」の中のテーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、そちらをご覧ください。

https://ameblo.jp/foo-do/

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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。

風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。

東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。

代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく