染めと織の万葉慕情36
榛の木染 (3)
1982/12/10 吉田たすく
ハリ(榛)の木の歌をもう一度。
伊香保ろの
咀(そひ)の榛原
ねもころに
おくをな兼ねそ
現在(あさかし)善かば
伊香保ろは群馬県北群馬郡の山の事で「榛名山」といわれています。その山はハンの木の林が茂っていて、その名が有るのかもしれません。急な斜面のハリ原のハリの木がよく染まるようにこまかい事などに、今から将来のことを心配なさんな、目前の今さえ幸せですもの。と歌っています。
また一首。
伊香保ろの
唄(そひ)の榛原
わが衣に
着きよろしもよ
一重と思へば
伊香保ろの嶺の榛名山の急斜面の榛原のハリが私の衣に実によく染め着くように、あの児は裏表ない純な心を持っているからね。(あの児は純な気持ちで私にぴったり合うのだから)人の気持ちと気持ちがふれあう事を心がそまるといい、衣が染まる事にたとえて歌うのです。
そのよく染まる榛の木伊香保の唄(そひ) 急斜面に生えている歌ですが、伊香保に限らず、この近くの榛の木も、大山や蒜山のすそ野の榛の木も急斜面に生えているのです。
時ならぬ
斑の衣
着欲しきか
島の榛原
時にあらねど
いつもいつも斑の衣(染色の色の濃淡の一様でない染衣を着たく思っています。島(奈良明日香村の島の、ここに榛の林があったのでしょう)の榛原のハリは染める時季になっていないけれども。(私の心はあの児あらねどの体を着たく思っているけれども、あの児は私に染まる気にまだなっていないんだなあ、あゝ)ま同じく島の榛原を詠んだ歌一首。
思ふ子が
衣摺らむに
にほひこそ
島の榛原
秋立たずとも
私の恋人のあの児が、衣を染めようとしているが、よく染まっておくれ、島の榛原のハリの木よ(秋にならないでまだ青い木だけれども)。
この二首はたぶん九月か十月ごろに詠んだ歌のようです。さきの一首は(染まる)「時にあらねど」ですし、次の一首は「秋立たずとも」と歌っています。
榛の木で染色するには榛の木が成熟して黄葉になった時が、一番よく染まるものです。 また秋になっていない時季にハンの木で染まりたい、染まってほしいと歌い、恋のいら立ちを詠みあげているのです。
榛の木のような、茶色黒色の染まる草木は十一月から十二月初めに一年間染める分を採集しておきます。染料植物を採集するとき、万葉歌の榛原の歌など思い出して、山野草木を恋心にたとえて歌った当時の人たちを忍ぶのです。
(新匠工芸会会員、織物作家)

