染めと織の万葉慕情37
絹の歌
1982/12/17 吉田たすく
今日は絹の歌をとりあげてみます。 染織材料の歌で一番多いのが麻の歌で、万葉の全巻中三十五あります。これは麻が当時の人達の通常着であって沢山栽培され、織られ、着られていたからなのです。これにくらべ絹の歌はずい分少ないので、す。歌数が少ないから絹布が少ないだろうと比例的に考えるのもおかしいかもしれませんが、思いの外少ないのでした。
絹は天皇家やその周辺の人達とか豪族達のよう.な数少ない貴族の人達の衣料でありました。文筆にしたしむそういう貴族の人達の歌に取りあげられてもよいと考えてもみるのですがとにかく少しの歌しか見あたりませんでした。
その内の一首
西の市に
ただひとり
出でて目並べず
買ひてし絹の
商(あき)じこりかも…
西の市は平城京右京八条二坊に開かれる市だそうで今でいうバザールなのでしょう。色々な品物が持ちこまれ物々交換の商が始まり麻布も出ていたでしょうが、それらの中で絹布を一人で見てだれにも相談もしないで買ってしまったが、あまりよい絹布でなかった、「しくじったなあ」というのです。
ある学者はこの歌は女(ひと)の事を肩にたとえて飼った歌だといいます。
西の方のちまたへ一人行き、よくしらべもしないで、人にも相談もせず一見惚して結婚してしまったが、今から思えば見かけだおして、まずい女だったとの意だそうです。絹という美しい布のイメージとはかけはなれた感じの歌のようです。
つぎにもう一首
赤帛(あかきぬ)の
純裏 (ひつら)の衣
長く欲(ほ)り
わが思ふ君が
見えぬころかも
帛の字を書いてキヌと読ませています。赤絹ですから紅(くれない) 染か茜(あかね)染の赤色の絹です。
純裏 (ひつら)とはヒタウラ・ヒトウラというのです。 赤い絹のあわせの衣です。 このあわせの衣の表布と裏布とがびったりくっついてい
るように。あなたと二人はぴったり長くくっついていたいと思うんだが、私が思うあなたはさっぱりお見にならない此頃ですこと。
次の歌は絹は絹でも上等ものでなく繭(まゆ)からじかに手でつむいだ絹の歌で絁(あしぎぬ)の歌です。
富人の
家の児どもの
着る身無(みな)み
腐し棄(くたしすつ)らむ
絁(きぬ)綿らはも
高貴な物持の家の児が、着物が多くて、着る身が足りないために腐らしてすててしまうアシギヌはマワタよ、ああもったいない、と貧者がなげく歌です。
この歌は山上憶良の歌で児を思う歌の中の一首です。 憶良は貧しい人の生活描写の歌がかなりあより、当時の庶民の生活がしのばれます。
(新匠工芸会会員、織物作家)

