染めと織の万葉慕情35
榛の木染 (2)
1982/12/3 吉田たすく
ハリ(榛)染のつづきです。
「ハリを衣に摺りつけ」という歌がありますのでその一首
住吉の
遠里小野(とおさとおの)の
真榛(まはり)もち
摺れる衣の
盛り過ぎ行く
大阪市と堺市に遠里小野があるそうですが、そこの榛の木をもって摺って美しく染めあげた衣も年をへて色あせて行く事だ。我が身の衰えを嘆く歌のようです。
また一首
古(いにしへ)に
ありけむ人の
求めつつ
衣に摺りけむ
真野の榛原(ハリハラ)
昔の人々が求めては摺りつけて染めた真野(神戸市長田区と愛知県の豊橋市との二説あります)の榛原はここですよというのでしょう。
この二つの歌は共にハリを摺りつけと歌っているので、摺り染めの事であり、それが出来るのは花であろう。このハンというのはハギの花である薬のという説もあるのです。
あの可憐なハギの花ですから衣に摺り染したい気持もわかります。
万葉集巻七の譬喩歌(ひゆか)の中に玉に寄ず歌とか花に寄す、鳥に
寄す、雲に寄すなどの寄す歌にならんで木に寄す歌があります。 その木に寄す歌の第一につぎの一首がのっているのです。
白菅の真野の榛原心ゆも思はぬわれし衣に摺りつけ真野の榛の木を心から思ってもいなかったのに、自分の衣に摺り染めしたことである(自分はそうは思わなかったけれどもあの児と摺りつけ染まってしまった事だ)。この歌も摺り染と歌われているのでハギの花ではないかと思われますが、 この歌は「木に寄す」 歌の中であって「花に寄す」歌ではないのでありま
す。
ハンの木は先週書きましたようにその木や皮木の実が染料になりますから、花染でなく木で染める染料という事で木に寄す歌に入っていると思います。
ハンはやはり榛の木だというのです。 その木を染めるには摺り染では染まらず、本式の媒染をして染めなければなりませんが、その事をふまえて、あえて摺りつけ、と歌っているのです。
住吉の
岸野の榛に
染(にほ) ふれど
染(にほ)はぬわれや
にほひて居らむ
竹取の翁の歌(竹取物語ではありません。万葉集の巻十六にのる長歌)の反歌のあとにつづく乙女らにこたえる歌の一首ですが、住吉の小野の榛で染めようとするが、なかなか染まらない私である。(心がなびかない)とのにあの児たちは友だち同様に依り従うことだろうかとの意だそうです。
まだまだ沢山の榛の染の歌があります。心を染めるたとえにこの榛染の歌が沢山あるという事は、当時榛の木で盛んに染められていた事がわかります。
(新匠工芸会会員、織物作家)

