2022年12月に民藝の勉強で大阪・京都と回りましたが、その一環で、飛騨高山の日下部民芸館へも行ってきました。
初めて訪問したのは、先回書きました様に、ブルーノ・タウトの『日本美の再発見』に導かれ18歳の一人旅です。
金沢から様々なアクシデントに見舞われ苦難の末到着した飛騨高山で、300年以上の営みを紡いできた名家「日下部家」の民芸館に伺い、その素晴らしい建物に感動し、その後今までに五度ほど訪問しています。
飛騨といえば山奥のイメージが強いですが、飛騨は元禄時代に幕府の天領になり、豊かな材木や鉱産物を扱う商家が発展し、高山祭の華麗な屋台でも知られるように、。金に糸目をつけずに文化を造った豪商たちの町衆文化が栄えていました。この飛騨において日下部家は幕府の代官所(高山陣屋)の御用商人を代々務め、両替商を営むような豪商でした。
現在の建物は1875年(明治8年)の大火で焼失した後に再建されたものですが、江戸時代の建築様式で建てられていて、飛騨高山を代表する豪商の古い屋敷(民家)として1966(昭和41)年に明治建築の民家としては日本で初めて重要文化財に指定され、これと同時に「日下部民芸館」として開館しました。
全国に民芸館や民芸に関する美術館等は20以上存在しますが、ここは民芸館としては小さな方の美術館です。しかしながら、到着してみるとここが一番だと思える位の素晴らしい感動があります。
正面から見た外観は、商家とは思えないほど豪壮でとても重厚な印象。屋根は低くゆるやかで軒が深く、雪の重みに楽々と耐えるように配慮しているのでしょうか。
玄関を入ると広い土間。見上げると長い年月の囲炉裏の煤(すす)で漆黒に染まった梁と束柱の豪快な木組が印象的な吹抜け空間。その重厚な柱。大きな囲炉裏に自在鉤、素晴らしい商家です。
襖の意匠にも上流階級にふさわしい上質さが表現されています。囲炉裏の間にはぬくもりが今でも残っているように感じます。
とても広い空間で、大勢の来客や使用人で賑わっていた当時の様子まで伝わってくるような感じです。
上に上がり母屋を拝見
母家を奥に抜けると中庭のような屋根のない土間がありその奥の土蔵は民芸品の展示施設になっています。

日下部民芸館は建物の素晴らしさばかりが強調され、特に初めて訪問した者にとっては、入った瞬間の素晴らしさに感動して他の室内や別棟で陳列してある民芸品などが霞んでしまうという可哀想な効果も生んでいますが、11代目当主が、柳宗悦の提唱する『民藝運動』に共感し、自邸を一部改装して『民藝館』として昭和41年に開館し河井寛次郎や濱田庄司などの作品や様々な民芸品を含め、日下部家が代々使っていた様々な生活用具(民芸品)も陳列されています。
土蔵以外にも館内の各所で日下部家が使っていた様々な生活用具が展示されています。それぞれが良いデザインのものばかり、代々がセンスの良い方だったのでしょうね。
全国に重要文化財の古民家は沢山あり、古さや作品をただ雑然と見せているだけという感じのところも多いのですが、ここは展示品と建物の見やすさは抜群です。清掃も行き届いていて、オーナーがとても大切にされていることが伝わり気持ちの良い所です。
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岐阜県高山市大新町1-52
0577-32-0072
高山駅[東口]から徒歩約16分営業時間:
3月~11月 8:30~17:00
12月~2月 8:30~16:30
定休日:火曜日(祝日の場合は翌日)


































