2022年12月に民藝の勉強で大阪・京都と回りましたが、その一環で、飛騨高山の日下部民芸館へも行きました。
日下部民芸館は民芸館というより、梁や建物が素晴らしい所で、今までに五度ほど訪問していますが、ここへ伺う度に遠い思い出が甦ります。
私が初めて訪れたのは、高校卒業の年。
鳥取県倉吉市の実家から530km
静寂と寒さとアクシデント 遭難しそうだった長い旅。
とても遠い昔 18歳の一人旅。
古い写真を取り出してみました。
当時のメモも一緒に貼って残しています。他の事ではメモなど残していませんから、とても大きな冒険 多くの想いがあり、残したかったのでしょう。
きっかけは、まだ私が中学生の頃。
図鑑などで日光東照宮を見たとき、
日本の建物で、国宝でもあり、他に比較するものが無いほどの絢爛豪華な世界的な建物だが、何か違和感がありました。
金はかけてあるが安っぽく感じなんか嫌で、日本っぽくない、日本の心がない。
日本の建築は 侘びとか寂とかいう以前のもっと 自然 風 空気を感じさせるものじゃないかなっと モヤモヤしていました。(当時はまだ侘びとか寂についてはそれほど知識も持っていませんでしたが)
そのモヤモヤとした疑問を持ち続けていたその頃に出会ったのが、ブルーノ・タウト著「日本美の再発見」でした。
その本はドイツの建築家、ブルーノ・タウトの目に映った日本の建築を、感じるままにまとめた評論で戦前の1939年(昭和14年)に発刊されました。
その確固たる価値観に裏付けられた賛否の言葉は痛快でもあり時に滑稽でもあり素晴らしい内容でした。
桂離宮や白川郷を世界に紹介したとして特に有名になった本です。
桂離宮と日光東照宮という同時期に作られていながら全く異なる評価があまりに有名であるため、日本建築に対する評論のように感じられる方が多いでしょうが、実際は日本各地をまわり、歯に衣着せぬ書き方で日本美を表している旅行記でもあります。
とても感銘を受け、この本の中の『飛騨から裏日本へ』という項目のブルーノ・タウトが歩いた岐阜から日本ラインに乗船⇨下呂⇨高山⇨白川郷⇨北陸という道を自分も歩いてみようと思い立ちました。
家は裕福ではなかったので、まず旅費を貯めねばなりません。そこで、高校卒業し大学に行くまでの長い春休みを利用してお金を貯めてから見て回ることにしました。
鳥取県倉吉市 山陰の小さな街はあまりアルバイト先はありませんでしたが、時給150円位のところを見つけ、約一ヶ月働き、旅費は少し足りませんでしたが親には負担は掛けられないので内緒。
足りない部分はヒッチハイクでと思い旅行へ。
ですから、宿も一番安い所を探して泊まります。
春休みの終盤、私は東京へ行かねばならないので、タウトとは逆ルートで金沢⇨石動⇨荘川⇨白川郷⇨高山⇨下呂⇨日本ライン⇨名古屋のコースで南下することにしました。
まだディスカバージャパンなどの日本の観光ブームになる前で、わかりやすい旅行雑誌など無い時代なので、県や市の観光課へ電話したりして結構大変。
泊まるのはそこで一番安そうな宿を探し、一番安く行ける方法を模索して事前にスケジュール作成。
まだ春とはいえ、富山から岐阜山間部は雪の心配もありましたが、行けばまあなんとかなるだろうと実行しました。
ブルーノ・タウト著「日本美の再発見」は、もう一度日本文化を考えるのにとても良い本です。皆様も一度読んでみてくださいね。
次回は様々なアクシデントのあった大変な旅行記を載せますね。

