染めと織の万葉慕情34
榛の木染
1982/11/26 吉田たすく
つるばみ染(どんぐり染)によく似た植物染に「榛(はん)染」があります。ハンの木の葉や実を使って染色しますが、このハンの木の実をヤシャブシといいます。
荒地に育つカバノキ科の植物で、私は倉吉陸上競技場の上の斜面にあるヤシャブシを取って染めています。 先日は大山に紅葉を見に行く途中、路ばたの林で小かごにいっぱい取って来ました。 このヤシャプシで染めますと、グレー、黒茶、または茶色など、媒染によっていろいろな色に染まり、大変深味のある落ち着いた色に染まります。
着物や帯の織糸を染めています。そのヤシャブシのなる木のハンの木を、万葉集では榛の木(ハリのキ)といって歌われているのです。
へそがたの
林のさきの
狭野棒(さのはり)の
衣に着くなす
目につくわが背
へそがたとは地名だそうですが、次のような意味が含まれます。
原文には「綜麻彩乃」と書かれていますから、それは麻糸を績(う)むとき麻糸をつないでは玉に巻いていきますと、その玉が「ヘソ」の形に似るのでヘソガタ〟というのです。 そのヘソガタの林のとっつきのところに立つ野榛(のはり)の色が衣に染まり着くように、鮮やかに目立って麗しい吾が背の君よと歌います。
ところで、(ハン)の色が染まるという歌があるとすれば、万葉人はこの木や木の実のヤシャブシで染色をしていた事がわかります。
以前に花摺染の歌を書きましたが、花摺はまもなく色がウツロウのです。ただ色をつけるだけですから色があせてしまいます。
この榛の木染は、摺染では染まらないで灰などで媒染し、化学変化をさせて定着させなければ染まりません。ですから、万葉時代すでに媒染による染色のあった事がわかるのです。 今、私がヤシャブシで染色しているテクニックが、すでに千数百年も昔にあったのです。
また一首。
引馬野に
にほふ榛原(はりはら)
入り乱れ
衣に匂はせ
旅のしるしに
これは大宝二年十一月、持統天皇が三河の国に行幸された時の歌ですが、三河の国の引馬という野に色づいている榛の木の原に入ってその木とたわむれて、衣ににおうように染めつけなさいよ、旅の記念になりますよ。
榛の林で木とたわむれるだけでは美しくは染まらないけれども。
榛の木は染料として媒染すれば、よい色に染まるという事を知ってのうえで、歌っているのです。榛の木の林を見ては、このように華麗な表現で歌えるとは、万葉歌なのですね。
引馬野ににほふ榛原とは、可憐な乙女が麗しい少年のたとえであって、旅の記念に乱れあって心まで染まってみたい、との想いの歌なのかも知れません。
万葉の染料ハリの木、ヤシャブシで糸染めして、ことしの冬の着物を織りあげるつもりにしています。
(新匠工芸会会員、織物作家)

