花会式 木野山にて | てっちゃんのまったり通信

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「きれい! 可愛いー」


上品な薄紫の車体が思いのほか桜のピンクによく似合っている。

少しかすみのかかった春らしい青空が彩を添える。

厳しい冬を越えてきたことへのご褒美のような穏やかな風景。

国鉄至上主義の私は、国鉄特急色こそ この場面に、桜に、

一番似つかわしいと思っていたが、

悔しいことに、このスーパーやくもの姿を見た時に、おやっと思った。

春の日をあびた桜の懐に見事に溶け込んでいる淡い紫。

それは、引き立てあうというより溶け込んでいると言った方が正解かもしれない。

「これはいい」

珍しく国鉄色以外の塗色なのに惹かれるものを感じた。

しかし、よくこの季節に、このタイミングで復刻したものだと思う。

それが桜の季節とあわせたのであればJR岡山も良いセンスをしているものだ。

だから、この撮影行の写真を行きつけの喫茶店の女の子に見せた時に

「可愛い!」という言葉がまず出てきても何の違和感も感じなかった。

正直なところは、国鉄特急色にもっと反応してほしかったなぁ。

とも感じたが。

「可愛いー!」は、若い女の子が、その感性にふれると

あらかじめ脳にインプットされていたかのように口を突いて出る言葉だ。

「きれい!」と言う言葉は少しお世辞も含まれるようだが、

「可愛い!」と反射的に言われれば、これは本物なのかなと感じる。

私は撮影した列車の写真を見て貰う時、

「格好いい。」系の言葉が欲しくなるが、今の世の傾向はどうやら

この「可愛い」に重きが置かれているようだ。

いにしえからの特急列車としての風格は当然国鉄特急色にかなうものはない。

そこは譲るつもりはさらさらない。

が、しかし

今求められているのは、風格ではなく、より身近に感じるという可愛さなのだろう。

JR以降の、少しやり過ぎではないかと思うような様々な色合いの列車が目指した先は

このようなことだったのかもしれない。

いたずらに、JR後の塗色を嫌ってはいたが、国鉄を失ってから何十年もたって

薄紫のスーパーやくもに教わったような気がする。

「来るで、来るで、やくもが・・・・。スーパーやでぇ!」

カメラを構えながら、感に堪えたようにつぶやいていた趣味人。

流石に西に来るとなかなかににぎやかだなぁとつい笑ってしまったが

あの趣味人の方もこの「スーパー」を見て「可愛い」というのだろうか。



桜と国鉄特急色とJNR

三題小話ではないが、これが今回の撮影行のテーマ。

昨年から国鉄特急色を帯びた381系特急列車に、今年の3月からさらに

旧国鉄のロゴ「JNR」が付されることになった。

国鉄からJRに移行されてから、あるべきところにあるものが無くなり

そこだけがぽっかりと穴が開いたようで寂しい思いをしていた。

列車の正面を顔とすると、ちょうど頬に当たる部分がこのロゴマークの定位置。

国鉄型車両に国鉄のマークが付く。

その当たり前の風景を見る為には、今では岡山まで足を運ばなければならない。

さすがに、岡山に土地勘は無いので桜と絡められる撮影地をネットで探す。

桜の位置さえ分かれば画角はその場で考えることもできる。

桜の花の向こうにのぞくJNRのロゴマークをいただいた国鉄特急色。

そんなイメージ通りの画角が見つかるだろうか。

とりあえずネットで調べた桜の駅、木野山を目指した。



桜前線北上中。

前線は、今、どのあたりをさまよっているのだろうか。

今年は東北や北海道の桜まつりは、のきなみ前倒しを余儀なくされているようだ。

毎年のことだが、この花の満開のタイミングをつかむのは難しい。

私が訪れた木野山は、私が訪れる2~3日前が盛りだったようだ。

しかし、満開を迎えても例年であれば、何日かは満開を維持するものだが

今年は異常に季節の進みが早い。

個体差のあるもののすでに終わった枝もちらほら見える。

葉桜にもなっていないアレである。

しかし、撮影にはぎりぎりセーフというところか。

以前真岡の桜を撮影した際に、思ったような絵が作れず満開の桜に申し訳ないなぁと

思いつつ撮影地を後にしたが、次の週末までの間に、こともあろうに雪まで降って

再挑戦が叶ったという事があった。

同じような事象を期待したが、今年はそうはいかないようだ。

折角持っていった上着はほどんど着ることがなかった。

つまり、暑い。

これでは、季節も早く進むのは当たり前である。



週末の桜を期待した趣味人たちが夜が明けるとともに集まってきた。

私は、まだ夜が明けきらぬ前に現着していたが、

桜を見上げながら撮影したい画角を求めてさまよっていた。

集まってきた趣味人たちは、思い思いの位置を定めて三脚を立て始めている。

「やっぱり水曜辺りが一番だった」というようなことを方言でしゃべっているところを見ると

現地の方がほとんどだったようだ。

ちなみにこの日は土曜日。

木野山での立ち位置を探しながらも、早速取材を始める。

隣駅の備中川面に、一本桜で有名な撮影地がある。

この一本桜の状況はどうなのだろうか。

しかし、誰もその桜の開花状況を知らない。

「あそこは人で大変だもの」

なるほど。

そんな話をしているうちに、だんだん列車の本数も増えてくる。

増えてくると言っても1時間に1本なのだが、確実に国鉄特急色はこの地に近づいている。

趣味人たちとの交流も良いのだが、

このままではおめおめと目当ての車両を撮影もせずに見送ることになってしまう。

さて・・・・・。

結局私は、趣味人で賑わう駅から出ることにした。

JNRロゴと桜と国鉄色。

そのためには側面狙い。

駅の端あたりに位置する比較的元気な桜に目を付けて

駅の外から側面を狙える立ち位置を探した。

側面にはまだ日が回っていないが、国鉄色が通過する10時ころには

側面に日が回るという事は先ほど地元の趣味人への取材で耳にしている。

これは、という立ち位置を見つけ、

画角を合わせているうちに東京から夜を通して走ってきたサンライズエクスプレスが

目の前を通り過ぎていった。



撮影の足場に選んだのは、駅近喫茶店の駐車場。

田舎の駐車場の割にはそんなに敷地は広くない。

「あのー、店を9時に開けますので・・・」

と喫茶店の女主人が声をかけてきた。

どちらにしても挨拶はしておこうと思っていたが、先を越されてしまった。

なんせ、初対面なので誰がこの店のご主人かは、分からないのだから仕方ない。

必死で、千葉からはるばる来た事、10時にお目当ての列車が通るので、

その後はご迷惑をかけない事を語り、

入ってくる車に気を付ければ・・・と言う条件で何とか了解を得ることが出来た。


話は少しそれるが、

「良い紀行文を書くための要諦とは何ですか?」

ある作家さんの本にこのような質問があった。

いくつか返ってきた回答のひとつに

「滞在中ひとつの店に何回も行く」

という項目があった。

滅多に訪れない土地なのだから、様々な店を探ってみる方が良いと思うが・・・。

その時はそう首をかしげながら、この一文を読んでいた。


話は木野山に戻る。

セッティングを終えた私は三脚を置き、早速その喫茶店でモーニングを頂いた。

そして、その日の昼食、さらに翌日もまた、この店を足場にして撮影をした。

そのおかげか、先程の女主人はもちろん、店の常連さんとも仲良くなり、

不思議なことに、もう何年もこの店に通っているような感覚になった。

常連の方の一人が

「俺は、あの大林信彦を知っている。一言、彼の言葉を君にプレゼントしよう」

と急に言い出した。

「いいか!写真で大事なのは、『技術』じゃない・・・・。『感性』だ。

自分が思い描いた通りの作品を」

もちろん、その言葉を有難く押し頂いたのは言うまでもない。

しかし、まぁ、その自分を信じ切るというのが一番難しい。


2日間の撮影を終え、撤収する段になると、あの女主人が別れを惜しがって

「きれいな写真を見せてくれてありがとう」

とお菓子まで持たせてくれた。

いすみ鉄道のたけのこ食堂といい、今回の喫茶店と言い

良い場所に良い店、そしていい出会いが出来たことが何よりうれしく

その土地との親密度がかなり増したように思う。

確かに、時間さえ許せば、同じ店に通う事も旅の一つの技術なのかもしれない。

そう思った。



肝心の国鉄特急色。

381系特急列車と言い、振り子の原理で車体を傾け

カーブでも速度を落とすことなく運行することが出来る。

その分乗り心地については、慣れないと大変なことになるらしい。

・・・と言うタイプの列車なので、当然通過するこの駅も、そこそこの速度で

走り去っていくのではないかと覚悟していたが、

桜の花を愛でながらの運転なのか、この駅にこの時期人が集まるためか

理由は定かではないが、どの列車も結構な徐行運転で通過していった。

これには助かった。

国鉄特急色を帯びた381系は岡山と出雲市の間を一日2往復。

そのうちの1往復は日が暮れてからのモノであるので実質1往復と言っていい。

貴重な一往復を無駄には出来ない。

ローカル路線にしては本数も多く、練習電にことかかずこれにも助けられた。

私事でしばらくファインダーを覗く気になれず、しばらくぶりの線路端。

結果は前もって思い描いていた通りにはならなかったが、

現地で知り合った方々や、その他偶然なことも含め、色々なことに助けられ

何とか、撮影は終えることが出来た。

この381系国鉄色やら、復刻スーパーやくもやら賑やかであるが、

来年のダイヤ改正には、新型車両に置き換わることが決まっている。

正式には、最後の桜との逢瀬。

しかし、これだけの人を集められるコンテンツを

黙ってJRが見ていることも無いだろうと考える。

もし、臨時便等で来年の桜の季節にもこの列車が走るのであれば、

その際は、いわゆる忘れ物をきちんと回収したいと思っている。



以前にも拙ブログで取り上げたグレープのアルバムの中に

「花会式(はなえしき)」

と言うタイトルの歌がある。

いにしえの話になるが、時の皇后さまの病気の回復をお薬師様に祈り続けたところ

無事に皇后さまは快癒され、それ以来お薬師様への感謝の意味を込めた法要であるという。

皇后さまと女官が、薬草で染められた和紙を使って、桜はもとより椿、梅、桃等

10種類に渡る造花を作りお薬師様に備える。

花会式という柔らかい表現に似合わず、数日間にわたる法要はかなりの厳しさを伴うものらしい。

グレープの名を世に出した「精霊流し」の時も、この曲を聴いて長崎を訪れた方が

おごそかなしっとりとしたものであると思っていたが、

爆竹等を鳴らしたり賑やかな風情に、「曲の印象と違う。」と驚いたという逸話がある。

この歌もそうなのだろう。

もちろん、この撮影行にこの法要は、全く無関係。

しかし、この言葉の持つ語感が私の心をとらえた。

いったい彼の言葉の引き出しはどれだけのものが詰まっているのだろう。

法要とか、ましてや修行などではなく、当然薬師寺のものとは全く無関係であるが、

この2日間撮影しながら、この言葉が何度も頭をかすめていた。

一度はあきらめた今年の桜と巡り合えた

私にとっての「花会式(はなえしき)」だったように思う。



ー 人は誰でも間違うもので 過ちをつぐなうために未来はあるのでしょう ー

撮影地:岡山県 伯備線 木野山駅付近
撮影日:2023年 4月1日~2日


撮影が終わり、駅のベンチで眺めた桜の季節の終焉を告げる桜吹雪。

不思議なことに午前中はほとんど無風状態にもかかわらず

お昼を過ぎるとあたたかな春の風が強く吹き、桜の花びらを巻き上げる。

それはまるで雪のように舞い、美しいものだった。

列車が通る段になると無風になるのも不思議なものであったが。

この桜吹雪を見ることが出来ただけでもこの地を訪れた価値は十分にあった。