てっちゃんのまったり通信

てっちゃんのまったり通信

yahooブログから引っ越してきました。引き続きよろしくおねがいします。



「あった!」

満員の列車内にも関わらず、思わず声が出る。

時はゴールデンウィーク。

昭和の昔、私が子供の頃は、ゴールデンウィークは天皇誕生日で始まり

その後は、飛び飛びに休みが続き、

こいのぼりを掲げた子供の日で終わるものだった。

この日探していたのはゴールデンウィークを締めくくるこいのぼり。

その昔は、わざわざ探す必要もなかったが、

今では、少なくとも私の身の回りでは、とんと見かけることがなくなった。

♪屋根より高いこいのぼり

まだ、どこかにあるはずだ。イベントとかそういうものでは無く昔ながらの。

それを列車と共に写す。

さて、沿線にこいのぼりの姿を見つけられるだろうか。

一駅一駅、今どきの住宅ばかりが目につき気配もなく過ぎていく。

やっぱりないか。

そう思った時、こいのぼりが目の前をよぎった。

「あった!いやいやいや、あると思ったんだよな・・・・。」

無論同行者はいないので100%ひとりごとである。

さて、見つけはしたが、位置的にこいのぼりと線路には少し距離がある。

こいのぼりの存在感を残しつつ列車とのコラボはちょっと困難か。

撮影の足場を探したがスマートに列車、こいのぼりを両立できそうな感じにならない。

結果、無理やり感満載の作品になった。

列車と撮影できる範囲にこいのぼりがあった。

というだけでこの日は良しとするしかない。

当のこいのぼりはそんなこちらの思惑など文字通りどこ吹く風で元気よく泳いでいる。

ふきながしとお父さん、おかあさん。

そして小さな鯉が4匹。(4尾というのか?)

6人家族なのかな?

風に吹かれるまま、幸せそう。

子供が小さく手がかかっている時期が一番家族が家族らしい時期だ。

元気で大きくなれよ。そんな思いが伝わる。

構図には不満が残ったが、

そんなお父さん、お母さんの願いを感じる幸せな風景を切り取ることが出来

こちらも幸せな気分になった。



昭和天皇の誕生日は、時代が平成になり「みどりの日」となった。

やがて「みどりの日」は「国民の休日」という何を祝っているのか不明な休日であった

5月4日に引っ越すことになる。

そして、4月29日は「昭和の日」としてゴールデンウィークの玄関口となり続ける。

戦後生まれの私は昭和と言えば昭和元禄と言われたように

「三丁目の夕日」的な幸せな時代であった印象でしかない。

昭和の日。

私の昭和に対する印象通りこれからも穏やかな春の日の休日であってほしいと思う。

そして、新緑が映えるこの季節、5月に引っ越した「みどりの日」

「山の日」「海の日」と新しい休日はあるが、さわやかな季節感を讃えるという意味では

私は、「みどりの日」が一番親しみやすさを覚える。

田には早苗がならび、それを見守る日差しもまだ柔らかい。

「ああ、気持ちがいい。来てよかった。」

出かける前に感じた億劫さはどこへやら。

上総川間の定番ポイントでの撮影。

露出を少し間違えて飛ばし気味で撮影してしまったが

意外と光あふれるこの季節に似つかわしい色合いになったのかもしれない。

ここに限らず、田んぼに囲まれたこの路線。

まるで、あぜ道に線路が敷かれたようだ。

そのあぜ道路線の駅にたどり着いたキハ200。

列車の塗装が、みどりの季節の差し色のように溶け込んでいる。




 

以前、えちごトキめき鉄道の某駅で改札の扉の向こうに

そのまま海が広がり、まるでどこやらの漫画のどこでもドアを開けたような風景だと

記載したことがある。

ここ小湊鉄道では多くの駅で扉の向こうにこぼれるのは里山のみどり。

扉の向こうの風景は異なるが、同じように開きたくなるどこでもドアだ。

そこから、どんな物語が待っているのだろう。

のび太ならずともワクワクする。

まずは、少し懐かしいディーゼルエンジン音の列車が登場する。

この列車、言っちゃ悪いが乗り心地は良くない。

しかし、その乗り心地の悪さも良いスパイス。

ガタゴトと揺られながら、車窓に広がる里山風景を眺める。

検札に来る車掌氏とのやり取り。

そのどれもが非日常的で幸福な時間を過ごすことが出来る。

イヤフォンをはずして、身体で列車の揺れを、耳にはエンジン音を、

そして視界には緑あふれる風景を。

なんて贅沢なのだろうと思う。

今年の桜の撮影の際は知人の車でこの地を訪れたが、

やはり、多少の不便はあっても列車の揺れに身を任せ目的地を目指す

汽車旅は格別なものだ。




駅の灯り以外はほぼ光源が無い。

稲のならんだ水田がうっすらと見える。

この季節、夜になるとカエルの鳴き声が姦しい。

昼間は緑が「目にさやか」という風情であったが、夜になると

「耳にさやか」と言っても良い風情がある。

カエルの合唱も以前は自宅近所でも味わえたが、

今では、ここまで来なければ味わうことが出来ない。

それを耳にしながら深く息をつく。

何も考えずにぼんやりとしている自分自身が愛おしくなる瞬間。

そんな自然に溶け込んだ一日を終わらせる終電車(終気動車とは言わない)

が田んぼの真ん中の駅に到着する。

列車の灯りが暗くなった水田に写る。

都会ではまだまだ夜が始まる時間帯だがここでは一日が閉じようとしている。

楽しかったね。また明日。

静かに休日の幕が下ろされた。



撮影地:小湊鉄道 馬立⇔上総牛久  上総川間駅付近  高滝駅付近 
撮影日:2026年5月5日

 

 



 



東京駅近くの桜の枝にポツンポツンと咲く花を見かけたのが

3月の17日。

思わず「あ・・・。」とつぶやく。

季節初めての雪を見るとほとんどの人が

「あ、雪だ」

とつぶやくというがそれと同じ感嘆。

「あ、もう咲き始めたんだ」

今年初めて目撃した桜は、まるで約束の時間を間違え、

早く着きすぎたことを恥じらっているようにも見える。

「あれ?あれれ?まだ誰もいないや。困ったな。」

と。

しかし、ほんのわずかの咲き具合でも、その風情が愛らしく、

つい立ち止まりカメラを向けた。

個人的だが今年はあまり早く季節が移ろってほしくない事情があった。

写真を撮りながら、

「春になってしまったなぁ。」と少し残念さがまじった感覚になる。

そんな事情を含んでも、やはり桜、春と言う言葉は

どこかしら気持ちを浮き立たせる効果を持っているものだ。

そして、その初めての桜から10日あまり。

年度が変わる初日の4月1日。

桜は満開となり、季節は容赦なく春を迎えた。



一旦、季節のスイッチが入るとそれこそ容赦なく

どこを見ても春を感じる景色にあふれる。

もともと温暖な房総の中央部であればなおさらだ。

場所は小湊鉄道。

秋に見事な紅葉を見せる大銀杏を持つ上総久保の駅。

駅前一等地の田んぼに広がる菜の花畑。

銀杏も、菜の花も色的には黄色い葉、そして花。

しかし、季節を見送る寂し気な秋の銀杏と違い、

春の菜の花は新しい季節の華やかさに満ちている。

撮影に訪れたこの日は、天候的には恵まれなかったが

春の彩り達はまったく動じることなく、華やかさを全く失わない。

やがてこの菜の花たちは刈り取られ来るべき稲作に備えることとなる。

水を張り、多くの稲たちが季節ごとの表情を見せてくれることとなる。

菜の花畑と逢瀬もそれまでのほんのわずかな期間。

黄色い菜の花のじゅうたんの向こうに往年の名機キハ40が

しずしずと入線してくる。

小さなベンチと雨避けだけの駅舎。道路との境界がほぼ無い木の柵。

そんなローカルな駅と咲き誇る桜、そして菜の花。

当たり前と言えば当たり前すぎる春のローカル線の風景も

今はここでしか味わうことが出来ない。

昨今さかんにイベント化されている昭和ノスタルジー。

にぎにぎしい演出など無い平日の朝でも

そこに桜と菜の花、そして大事な駅があれば

それは成立する。

この風景であり続けるという事は影の多くの方々の尽力の賜物だろう。

どうか、これからもここだけは昭和であり続けられますように。




特定の区間に他の車両が入り込み事故を起こさないようにするための通行証。

これをタブレットという。

その区間のタブレットを持っている列車だけが運行を許されるという訳だ。

手間ばかりかかるアナログな方法であるが確実に目に見える安全管理。

そのタブレットを運転手に手渡すべく侵入してくる列車に正対する駅員。

停止位置を指し示す赤色旗の赤が印象的だ。

タブレットの交換も、停止位置の指示も季節を問わず駅員の日常を営み。

しかし、桜や菜の花に囲まれたこの季節は

何か特別な儀式を執り行っているような風情に見える。

春の風景の一部となった小さな田舎駅。

そこに進入してくる昭和に製造された旧い気動車。

その響きと菜の花たちの放つ春の匂いに紛れてかすかに匂う軽油の香り。
(干した後の布団の匂いに似ていると思うのは私だけだろうか?)

役者が揃い過ぎていて一枚の画面には納めきれない。

「初めてきた場所なのに何か懐かしい。」

かろうじて残る極上の春の景色と言っていい。

日本人としてのDNAがうずく。



絵的に菜の花の黄色は美しいが、かなり鮮烈であり、

淡く美しい桜の花の色との両立がかなり難しい。

例えば、里見駅の桜はそれだけでも十分美しいが、

引き込み線の中まで席巻している菜の花の勢いにどうも押され気味になってしまう。

そう言う意味では桜を主役に持ってくるには

飯給駅(いたぶ→難読駅日本一らしい)を選ぶべきだろう。

今年こそ飯給に行かずに桜の撮影をするぞと思っていても、

知らず知らずのうちに引き寄せられてしまう。

少し離れた場所から見ると淡いピンク色の綿菓子の中に

こじんまりと無人駅と短いホームが埋もれている、そんな駅だ。

旧い倉庫と言っても疑われないような小さな待合。

その小さな駅と桜の美しさを際立たせるのが、駅の手前にある水田。

この季節に合わせて早めに引いた水が水鏡の役割をはたし、

逆さ富士ならぬ逆さ桜と昭和気動車のコラボが実現する。

水鏡に映った風景は光の乱反射が抑えられ、空の青さと共に

咲き誇る桜を見事に演出して見せていた。

すでに散った桜の花びらが水面に浮かび水鏡の中の桜が青空に向けての

花吹雪となっているような風情だ。

リアルな桜も美しいが、水の中に引き込まれそうな、

引き込まれてしまっても良いと思ってしまうような魅力的な水鏡の世界。

これは他ではなかなか味わうことができない。

そして、夜にもなるとライトアップされた桜が、より妖しさが増し

水鏡の中に異次元世界が広がる。

それはすでに別稿で記載したのでここでは割愛するが、

毎年水鏡に取り込まれるために多くの人々が集まるのも

うなずけるものがある。



駅へ向かう線路は緩やかなカーブを描き桜のトンネルに続く。

奥にある大島桜はすでに葉がついてしまっているが、

この駅の8割方を占めるソメイヨシノは春の到来を喜んでいる。

「春の山は笑うがごとし」と言われるゆえんだ。

桜のトンネルの向こうから駅に向かい、ひょっこりと顔を出す東北色のキハ40。

それまでは、春の風に多くの花びらを散らしており

桜吹雪とキハの共演を期待しファインダーの向こうに躍る花びらに

胸を弾ませながら待ちに待ったが、

残念ながら彼の登場と共に春の風はなりをひそめ

最極上の春の風景は、また次の機会にお預けとなった。

NHKの取材で訪れていた鉄道カメラマンの中井精也氏は

私のすぐ後ろで撮影されていたが、撮影後自身のカメラモニターを見つつ、

何やら手ごたえを感じていたような表情だった。

いったい、どのような視点でどのように撮影されていたのか。

多分、「そうきたかぁ、やっぱ違うなぁ」

と思うこととなるだろうが、テレビの放映が楽しみだ。

ちなみに、このロケの放送は5月と聞いた。



冒頭にも記載したが、今年は私個人にとって

新たなスタートとなる春になる。

春と言う季節が来ることに多少の怯えはあったが、

容赦なく季節は巡り、今は春。

ここからは腹をくくって前を向くしかない。

青春、朱夏、白秋、玄冬。 

また、様々な季節の色を巡りながら一年が過ぎていくことだろう。

桜をはじめとして冬に耐えた様々な花が

旅立ちを祝ってくれているようにも感じた。

年度が4月より始まることの理由を問うているのをよく耳にするが、

改めて新しいスタートとしてふさわしい季節であることを

感じた撮影であった。

 



撮影日:2026年4月1日。3日。
撮影地:小湊鉄道(千葉県) 飯給駅・里見駅・上総久保駅

 

 

 

 

 

 

【再掲】夜の飯給。2025年撮影分


 

[やっぱり、来たか・・・・。」

それまで小康状態だった天気がいよいよの雪模様。

そろそろ本気で降りますよ。という勢い。

あっという間に線路にはうっすらと雪が積もり始める。

そんな中、テールランプを点灯させ出番を待つキハ110。

雪国の列車は何故にこんなに頼もしく映るのだろう。

それは違うと言われるかもしれないが、

どこやらの特撮の一場面のようにそれは颯爽と格好良く見えた。

やがて雪に閉ざされるその時。

キハ110は動き始める。


この日は全国ニュースのトップで報じられるような荒天の予報。

大陸からの大寒波の襲来(怪獣映画のようだ)で

日本各地、特に日本海側で災害級の大雪となるという。

「これはね。(列車は)止まるね。うん」

心無い知人の言葉を背に旅立った先は山形。

果たして行き先の山形は日本海側なのか、太平洋側なのか。

太平洋側だと助かるんだけどなぁ。

と身勝手な理屈を頼りに新幹線に乗車。

初日は雪晴れとはこういうものだと言わんばかりの好天。

(変換してみて思ったが、好天と荒天。読みは同じでも漢字表記一つでこうも変わるのか)

山形に到着し感じたのは意外にもそれほどの寒さでもないということ。

しかし、ああ、大したことないと油断していると、あっという間に体の芯まで冷える。

北国の寒さとはちょっとした油断が命取りとは聞いたが、こういうことかと思った。

そして、この寒さが明日の雪を運んでくるのか。

その問題の2日目。

空のほぼ9割は雲で埋まっているが、一部青空が見えるような天気。

「なんだ」

昨今は注意喚起が実際を越えているケースも多い。

他のケースは知らないが、今回はこのまま外れでお願いします。と願い

一部に見える青空に望みを託す。



初日に旅の目的は果たし、フリーの2日目。

有名な山寺にでも行くか、余裕があれば温泉にでもと考える。

こんな日に(こんな日でなくとも)千段もあろうかという階段を登るつもりはなく

元祖旅人枠の松尾芭蕉の記念館があるという事なので

ちょっと覗いてみる気になった。

ここには芭蕉の真筆の短冊や手紙があると言う。

山寺とは仙山線をはさんだ遠い面の丘の上にそれはあった。

意外とこじんまりとしたもので、あっという間に一回りすることが出来た。

さらりと館の概要をつかんで2周目。

芭蕉の真筆と呼ばれる文書は無学な私にはとても読むことは出来ない。

字を読むというよりは、絵画を観賞する感覚。

あの芭蕉が描いた芸術作品か。

読めはしないが十分堪能することが出来た。

これを鑑定団に持っていくといったい0がいくつ並ぶのだろうと不埒な想像もし
(「これは芭蕉の真筆です」という鑑定人の声も聞こえた気がした)

外へ出てみると目の前は、雪また、雪。

この地で芭蕉が詠んだ句は

「閑さや岩にしみいる蝉の声」

と言う一句。

この句が指すように山寺は青葉茂れる夏の印象が強い。

そして、その真逆を行くこの日の景色。

景色に色は無く、墨でえがかれたようなモノトーンの世界。

これは、これでワビとサビというもの。

予報通りに雪が間断なく降り続く。

この景色はむしろ芭蕉の辞世の句に近いかもしれない。

「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」

しみいるのは蝉の声などではなく、体の芯にしみいるこの寒さ。

それでも都会暮らしの私にはこの雪景色は珍しく

雪と戯れながら山寺駅へと向かった。




「運転見合わせ」

駅に着くとそんな言葉が耳に入った。

それはやがて「運転再開」と言う言葉に変わったが、

その言葉についてきたのは「100分以上の遅れ」という知らせ。

「あー、やっぱりね」

これも想定の範囲内。

急ぐ旅でも無し。駅員氏に

「少し散策して帰ってきても大丈夫ですよね。」

と聞くと、

「しばらくは大丈夫ですよ。」

と山形弁ネイティブ発音の標準語で答えてくれた。

「あたたがいものさ、食べるべ」

と思い、駅前一等地にある蕎麦屋へ向かう。

気分はもはや「孤独のグルメ」の五郎さん。

「腹減った・・・。おまけに寒い」

蕎麦屋のメニューを開くと、蕎麦のサイドメニュー扱いなのかもしれないが、

「芋煮」の表記がある。

お姉さんに(これがなかなかの山形美人候補?のお嬢さん)

「芋煮と、ご飯というのは出来る?」

と聞くと雪まみれで入ってきた私をみていたのだろうか

「あ、それ良いですね。できますよ。」

とにこやかに答えてくれた。

馬鹿な話で、その笑顔だけで列車が遅れて良かったなどと思ってしまった。

山形へ来てから、山形=芋煮という図式で山形市内で芋煮が食せる店を探したが

そのどれもが夕刻からの居酒屋でしかなかったので

ふだん飲酒をしない私にはこの出会いはありがたかった。



「芭蕉さん。しみます。確かにしみます。」

何が、と言って、芋煮のあったかさとおいしさ。

岩にしみいるではなく、体にしみいる。

一口食べて、思わず

「これは旨い!」

と口に出すおいしさ。なんならそのままCMに起用してほしい位の勢い。

その後も「うん、うまい」を連発しながらひたすら芋煮をすすり、口に運ぶ。

芋煮色に染まった白飯も美味しい。汚い食べ方と言うなかれ、これがまた旨い。

多分、同じものを東京で頂いてもこれほどの感慨はなかっただろう。

やはり、地のものは、その土地のその気候の中で食するのが一番うまいものだ。

旅に出ても線路端ばかりを選んで地のモノに縁が無かった私は

おそらく初めてそんなことを考えるに至った。

店の入り口のたらいの中で旅の疲れを癒している芭蕉さんも

ちょっと呆れたような顔で私を見ていただろう。

ここで一句。

「騒がしい 芋煮をほおばる 芋男」

季語がない。

芋煮が季語という事でいいか。

閑さや への返歌とも言える。



駅に戻ると復旧の一番列車は既に旅立っていた。

「山形方面はさっき出ました」

またも山形弁ネイティブ発音で丁寧に駅員氏が教えてくれる。

「次は15分後ですね」

通常は最低でも間隔が1時間なのだが、復旧後なので

列車が詰まっているのだろう。

ありがたいことである。

この天候でも動いてくれる列車に感謝。

その待ち時間の15分は駅のホームで雪にけむる山寺を見て過ごした。

先ほど列車が出たばかりなので、待合もホームも人気(ひとけ)が無い。

この場の雰囲気も、本物の冬の山寺の景色も独り占めに近い。

3連休の真ん中にいるとは思えない閑さや。

せっかくだから温泉にでも行ってみたいとも思っていたが、

列車が遅れたことでそこはキャンセル。

しかし、それを補って、なおかつ余るほどの満足感が得られた。

慌てることは無い。

周りを見回しながらゆっくりと行けばいいのだ。

「来れば分かる」

やや茶化され気味に扱われていたが、

残念ながら故人となった横見氏の言葉もまた、身に染みた。



冬の山寺漫遊を終えて、山形へと戻る。

帰京のための新幹線まであと3時間ほどあったが、

これ以上この地を動くのは危険だ。帰ってこれなくなるかもしれない。

この間に新幹線の中で食そうと頼んであった

地元米のおにぎり弁当をピックアップ。

お弁当を頼んだ際に、その場食べのおにぎりを一つ握ってもらったが、

これがかなりのおいしさだった。

お米の評論などをできる舌を私は持ち合わせていないが、

「これは、いける。」

と何度もつぶやいたりうなずいたりしながら、夢中でほお張った。

※【森のたんぼ】 023-646-6203 山形駅西口より徒歩5分。

弁当の上がりを待っていると、どこかのバラエティではないが、

「youは何しに山形へ。」

と問われたので、

「朝倉さやさんのコンサートに参加しに。」

と答えると、喜んで、ずんだのくし団子をオマケしてくれた。

流石の朝倉地元パワーだべさー。





駅に戻りがてら本降りになってきた雪の中に佇むキハ110を撮影。

国鉄型のキハ58を追いかけていた際は仇のように思っていたキハ110も

もはや引退が迫っているという事だ。

昨日の敵は今日の友。

普段はヘッドライト狙いだが、雪の、それも夕刻だと

赤いテールランプの方がその情景に似つかわしい。

飴色の照明に浮かび上がった本降りの雪を交えてモザイク絵のように浮かぶ。

山間と違い、山形市街地の雪はこれからというところか。

しかし雪慣れしている山形市民の表情はまだ柔らかい。

首都圏であればそろそろ大騒ぎと言うところ。

いよいよこれからが北国の景色というところで残念ながら新幹線の時刻になってしまった。

今回は撮影メインの旅ではなかったので何も考えずにぶらぶらを散策を楽しんだ。

たまにはこんな旅も良いものだ。



撮影地:山形駅構内、山形市街、山寺周辺

撮影日:2026年1月10日~11日

 

 

山形屋台料理 どんどん焼き お好み焼きともんじゃ焼きの

あいの子みたいな生地を割りばしで巻いて召し上がれ。

※おやつ屋 山形駅より徒歩5分 023-646-1344