てっちゃんのまったり通信

てっちゃんのまったり通信

yahooブログから引っ越してきました。引き続きよろしくおねがいします。


 

[やっぱり、来たか・・・・。」

それまで小康状態だった天気がいよいよの雪模様。

そろそろ本気で降りますよ。という勢い。

あっという間に線路にはうっすらと雪が積もり始める。

そんな中、テールランプを点灯させ出番を待つキハ110。

雪国の列車は何故にこんなに頼もしく映るのだろう。

それは違うと言われるかもしれないが、

どこやらの特撮の一場面のようにそれは颯爽と格好良く見えた。

やがて雪に閉ざされるその時。

キハ110は動き始める。


この日は全国ニュースのトップで報じられるような荒天の予報。

大陸からの大寒波の襲来(怪獣映画のようだ)で

日本各地、特に日本海側で災害級の大雪となるという。

「これはね。(列車は)止まるね。うん」

心無い知人の言葉を背に旅立った先は山形。

果たして行き先の山形は日本海側なのか、太平洋側なのか。

太平洋側だと助かるんだけどなぁ。

と身勝手な理屈を頼りに新幹線に乗車。

初日は雪晴れとはこういうものだと言わんばかりの好天。

(変換してみて思ったが、好天と荒天。読みは同じでも漢字表記一つでこうも変わるのか)

山形に到着し感じたのは意外にもそれほどの寒さでもないということ。

しかし、ああ、大したことないと油断していると、あっという間に体の芯まで冷える。

北国の寒さとはちょっとした油断が命取りとは聞いたが、こういうことかと思った。

そして、この寒さが明日の雪を運んでくるのか。

その問題の2日目。

空のほぼ9割は雲で埋まっているが、一部青空が見えるような天気。

「なんだ」

昨今は注意喚起が実際を越えているケースも多い。

他のケースは知らないが、今回はこのまま外れでお願いします。と願い

一部に見える青空に望みを託す。



初日に旅の目的は果たし、フリーの2日目。

有名な山寺にでも行くか、余裕があれば温泉にでもと考える。

こんな日に(こんな日でなくとも)千段もあろうかという階段を登るつもりはなく

元祖旅人枠の松尾芭蕉の記念館があるという事なので

ちょっと覗いてみる気になった。

ここには芭蕉の真筆の短冊や手紙があると言う。

山寺とは仙山線をはさんだ遠い面の丘の上にそれはあった。

意外とこじんまりとしたもので、あっという間に一回りすることが出来た。

さらりと館の概要をつかんで2周目。

芭蕉の真筆と呼ばれる文書は無学な私にはとても読むことは出来ない。

字を読むというよりは、絵画を観賞する感覚。

あの芭蕉が描いた芸術作品か。

読めはしないが十分堪能することが出来た。

これを鑑定団に持っていくといったい0がいくつ並ぶのだろうと不埒な想像もし
(「これは芭蕉の真筆です」という鑑定人の声も聞こえた気がした)

外へ出てみると目の前は、雪また、雪。

この地で芭蕉が詠んだ句は

「閑さや岩にしみいる蝉の声」

と言う一句。

この句が指すように山寺は青葉茂れる夏の印象が強い。

そして、その真逆を行くこの日の景色。

景色に色は無く、墨でえがかれたようなモノトーンの世界。

これは、これでワビとサビというもの。

予報通りに雪が間断なく降り続く。

この景色はむしろ芭蕉の辞世の句に近いかもしれない。

「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」

しみいるのは蝉の声などではなく、体の芯にしみいるこの寒さ。

それでも都会暮らしの私にはこの雪景色は珍しく

雪と戯れながら山寺駅へと向かった。




「運転見合わせ」

駅に着くとそんな言葉が耳に入った。

それはやがて「運転再開」と言う言葉に変わったが、

その言葉についてきたのは「100分以上の遅れ」という知らせ。

「あー、やっぱりね」

これも想定の範囲内。

急ぐ旅でも無し。駅員氏に

「少し散策して帰ってきても大丈夫ですよね。」

と聞くと、

「しばらくは大丈夫ですよ。」

と山形弁ネイティブ発音の標準語で答えてくれた。

「あたたがいものさ、食べるべ」

と思い、駅前一等地にある蕎麦屋へ向かう。

気分はもはや「孤独のグルメ」の五郎さん。

「腹減った・・・。おまけに寒い」

蕎麦屋のメニューを開くと、蕎麦のサイドメニュー扱いなのかもしれないが、

「芋煮」の表記がある。

お姉さんに(これがなかなかの山形美人候補?のお嬢さん)

「芋煮と、ご飯というのは出来る?」

と聞くと雪まみれで入ってきた私をみていたのだろうか

「あ、それ良いですね。できますよ。」

とにこやかに答えてくれた。

馬鹿な話で、その笑顔だけで列車が遅れて良かったなどと思ってしまった。

山形へ来てから、山形=芋煮という図式で山形市内で芋煮が食せる店を探したが

そのどれもが夕刻からの居酒屋でしかなかったので

ふだん飲酒をしない私にはこの出会いはありがたかった。



「芭蕉さん。しみます。確かにしみます。」

何が、と言って、芋煮のあったかさとおいしさ。

岩にしみいるではなく、体にしみいる。

一口食べて、思わず

「これは旨い!」

と口に出すおいしさ。なんならそのままCMに起用してほしい位の勢い。

その後も「うん、うまい」を連発しながらひたすら芋煮をすすり、口に運ぶ。

芋煮色に染まった白飯も美味しい。汚い食べ方と言うなかれ、これがまた旨い。

多分、同じものを東京で頂いてもこれほどの感慨はなかっただろう。

やはり、地のものは、その土地のその気候の中で食するのが一番うまいものだ。

旅に出ても線路端ばかりを選んで地のモノに縁が無かった私は

おそらく初めてそんなことを考えるに至った。

店の入り口のたらいの中で旅の疲れを癒している芭蕉さんも

ちょっと呆れたような顔で私を見ていただろう。

ここで一句。

「騒がしい 芋煮をほおばる 芋男」

季語がない。

芋煮が季語という事でいいか。

閑さや への返歌とも言える。



駅に戻ると復旧の一番列車は既に旅立っていた。

「山形方面はさっき出ました」

またも山形弁ネイティブ発音で丁寧に駅員氏が教えてくれる。

「次は15分後ですね」

通常は最低でも間隔が1時間なのだが、復旧後なので

列車が詰まっているのだろう。

ありがたいことである。

この天候でも動いてくれる列車に感謝。

その待ち時間の15分は駅のホームで雪にけむる山寺を見て過ごした。

先ほど列車が出たばかりなので、待合もホームも人気(ひとけ)が無い。

この場の雰囲気も、本物の冬の山寺の景色も独り占めに近い。

3連休の真ん中にいるとは思えない閑さや。

せっかくだから温泉にでも行ってみたいとも思っていたが、

列車が遅れたことでそこはキャンセル。

しかし、それを補って、なおかつ余るほどの満足感が得られた。

慌てることは無い。

周りを見回しながらゆっくりと行けばいいのだ。

「来れば分かる」

やや茶化され気味に扱われていたが、

残念ながら故人となった横見氏の言葉もまた、身に染みた。



冬の山寺漫遊を終えて、山形へと戻る。

帰京のための新幹線まであと3時間ほどあったが、

これ以上この地を動くのは危険だ。帰ってこれなくなるかもしれない。

この間に新幹線の中で食そうと頼んであった

地元米のおにぎり弁当をピックアップ。

お弁当を頼んだ際に、その場食べのおにぎりを一つ握ってもらったが、

これがかなりのおいしさだった。

お米の評論などをできる舌を私は持ち合わせていないが、

「これは、いける。」

と何度もつぶやいたりうなずいたりしながら、夢中でほお張った。

※【森のたんぼ】 023-646-6203 山形駅西口より徒歩5分。

弁当の上がりを待っていると、どこかのバラエティではないが、

「youは何しに山形へ。」

と問われたので、

「朝倉さやさんのコンサートに参加しに。」

と答えると、喜んで、ずんだのくし団子をオマケしてくれた。

流石の朝倉地元パワーだべさー。





駅に戻りがてら本降りになってきた雪の中に佇むキハ110を撮影。

国鉄型のキハ58を追いかけていた際は仇のように思っていたキハ110も

もはや引退が迫っているという事だ。

昨日の敵は今日の友。

普段はヘッドライト狙いだが、雪の、それも夕刻だと

赤いテールランプの方がその情景に似つかわしい。

飴色の照明に浮かび上がった本降りの雪を交えてモザイク絵のように浮かぶ。

山間と違い、山形市街地の雪はこれからというところか。

しかし雪慣れしている山形市民の表情はまだ柔らかい。

首都圏であればそろそろ大騒ぎと言うところ。

いよいよこれからが北国の景色というところで残念ながら新幹線の時刻になってしまった。

今回は撮影メインの旅ではなかったので何も考えずにぶらぶらを散策を楽しんだ。

たまにはこんな旅も良いものだ。



撮影地:山形駅構内、山形市街、山寺周辺

撮影日:2026年1月10日~11日

 

 

山形屋台料理 どんどん焼き お好み焼きともんじゃ焼きの

あいの子みたいな生地を割りばしで巻いて召し上がれ。

※おやつ屋 山形駅より徒歩5分 023-646-1344

 

白い車体にキティちゃんとピンクのリボン。

 

前塗装のエヴァンゲリオンの勇ましさとは180度趣を変わる。

 

あの500系新幹線にまさかリボンがかかるとは思わなかった。

 

 

 

リボンはキティちゃんにもプレゼントにも欠かせないものだが、

 

その起源を調べてみると、「絆」や「約束」を象徴する西洋文化の輸入だという。

 

日本で言うところのお祝い事の水引などと同じ感覚なのだという。

 

そして、ピンクのリボンは「幸福感」をさししめすものらしい。

 

幸福と絆の500系。

 

新しい年が幸福と絆に彩られる年になりますように。

 

そんな思いで今年の最初を飾る一枚とした。

 

このブログにお出で頂いている皆様に

 

ピンクのリボンに飾られた一年でありますようにと願って。

 

明けましておめでとうございます。

 

今年もまたよろしくお願い申し上げます。

 

2026年1月吉日

 

 

 

 

 

 

浪速のことは 夢のまた夢。

朝方の浅い夢を振り切り、ふっと目を覚ましたら

いきなり、そんな言葉が頭をよぎった。

ぼんやりと今見てきた夢を慈しんでいると

人の一生なんて、何をどう過ごしても、

過ぎてしまえば起き抜けに思い出す夢のように儚いものだと思う。

そして、人生よりさらに短い一年、一年。

師走の声を聞き

今年も、無事にお気に入りのグラコロバーガーをほお張っている。

 



毎年、これを食する度に、今度(次の年末)はどこでどんなことを

思っているのだろうと考える。

今年を振り返るに、得るものより失うものの方が多かったような気がする。

決算は大きく赤い字で記載しなければならないだろう。

毎年発表される今年の漢字は「熊」というストレートなものだったそうだが、

私の今年の一文字は「失」なのかもしれない。

そう言う年齢に差し掛かってきたというとも言える。

勿論、失ってしまうことがすなわち悪いという事ではない。

失うべくして失い、それが良い選択であったと誇れるものもある。

これからも毎年グラコロをかじりながら

同じ思いを抱いて一年を振り返り続けるのだろう。

しかし、これからの「失」はそのままの意味だけではなく「整理」とも言える。

「人生60からが面白い」と言った人がいる。

何をどう整理するのか面白がりながら生きていきたいものである。



雪、桜、向日葵、銀杏。

美しい音楽。

今年も季節ごとの美しい風景と出会うことが出来た。

これは四季の豊かなこの国に生まれた特権なのかもしれない。

その場面場面で出会った方々もおもしろき人々だった。

新しい年は、

どんな風景が私を待っているのだろう。

今年出会えたすべての人々に御礼を。

そして、今年去っていった方々に慰労の言葉と心からの感謝の言葉を。

届かないかもしれないが思いを込めて伝えたい。

そして、新しい年。

私は、まだまだ、走るしかない。

単線を唯行く蒸気機関車のように。

2025年お世話になりました。

来るべき2026年が皆様にとって穏やかなよい一年となりますように。