私を知る旅 #25 誕生日はハワイで | 奇跡の周波数447Hz&魂を解放するファジョン合唱

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魂が解放され、真実の自分へと導くファジョン合唱を主宰。一人ひとりが平和を取り戻すことで、世界を平和にするのがミッション。母の日に1stアルバム『子守歌』発売。「胎内記憶」池川明先生監修のインストゥルメンタルCD『INITIUM』が口コミで好評です。

魂のミュージックセラピスト

飯田 夏代です。

 

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シリーズ「私を知る旅」

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前回はこちら。

私を知る旅 #24
仕事をする母の姿が好きだった

 

 

今日は、、、

私を知る旅 #25
誕生日はハワイで

 

 

1歳の頃から、

家族で毎年、

ハワイに行っていました。

 

2週間くらい

滞在していたようです。

 

私にとって初めての海外は、

行きが1歳、

帰りが2歳でした。

 

【姉と】

 

 

誕生日が8月なので、

タイミング的に

毎年ハワイで

誕生日を迎えていたようです。

 

5歳か6歳くらいの

誕生日のことを憶えています。

 

 

夜、レストランに行って、

 

「この子、今日が誕生日なの」

 

と両親がお店の人に言うと、、、

 

 

食後のときのこと。

 

 

ハッピバースデーの曲とともに

アイスクリームを10個くらい盛った

プレートとともに、

 

お店の人たちが

お祝いをしてくれたのを憶えています。

 

すごく嬉しかったけど、

食べきれなかった記憶があります。

 

 

40年前から

アメリカでは

バースデーガールに

お祝いをしてくれる習慣が

あったんですね!

【兄と】

顔がボヤケてる!

 

 

ところで

この赤いワンピース、

ムームーというのですが、

 

本当に本当にお気に入りでした。

 

大大大大大好きでした。

 

 

何年か経って

もう着れなくなると、

 

しばらくは納戸に

しまわれていたのですが、、、

 

時々、取り出しては

眺めたり、

 

その時のハワイの

楽しかった思い出を思い出したり、

 

一人で郷愁に浸っていたのを

思い出します。

 

 

小学校に入る頃には

両親の事業も忙しくなり、

ゆっくりと家族旅行するのは

難しくなりました。

 

 

両親の事業も大きくなり、

 

家族で移動する時も

万が一を考えて、

 

父と母は同じ飛行機には

乗らなかったのを憶えています。

 

JALとANAなどで

分かれて移動するんです。

 

万が一というのは、、、

何かが起きても

どちらかは生き残るように、

という意味です。

 

「パパとママは

社会に対して大きな責任があるから

(事業の借金をしているから)、

一緒には乗らないんだよ」

 

と言われたのを憶えています。

 

 

その時は、

 

「そうか。

それは、そうした方が良いね」

 

と思ったのを憶えています。

 

 

聞き分けがいい子というか、

その時すでに

子供としての感情よりも、

社会に対して◯◯、

というのが根付いていたのかもしれません。

 

 

だからなのかもしれませんね。。。

 

 

 

小学校に入ってから、

大好きなムームーを取り出して

眺めることで、、、

 

ハワイに通っていた頃の

楽しかった雰囲気や暖かさを

取り戻そうとしていたのかもしれません。

 

私を知る旅 #26
香港で少食卒業&大金持ちの家に行く

に続く…

 

あなたが、魂のままに

過ごせますように。


今日もありがとうございます☆

 

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