五十一番札所 熊野山  虚空蔵院 石手寺 ミシュラン一つ星のお寺 | ドライブお遍路始めました

ドライブお遍路始めました

四国八十八カ所 ドライブお遍路の記録です

 
いよいよ3回目のドライブお遍路
最終日となりました
張り切っていきます
 
 
令和6年4月16日
7時43分
五十一番札所 熊野山
虚空蔵院 石手寺到着飛び出すハート
 
 

いきなり出迎えてくれた大師像
いつもより若々しい?
 

山門前に手水鉢がありました
伊予国の豪族・河野氏の家紋
隅切角に三の紋が入っています
 
 

渡らずの橋
この橋は別名弘法大師お道開きの橋といい
弘法大師が渡ったとされています
この橋を渡ると
足が腐ってしまうそうです不安
 
伊予の豪族 越智玉純の霊夢に
二十五菩薩が出現したそう
そこでここが霊地であると感じて
熊野十二社権現を祀り、
聖武天皇の勅願所となった後
行基菩薩が本尊を祀ったのが始まり
当時は法相宗の「安養寺」という名だった
 
813年弘法大師がこの地を訪れたとき
真言宗に改宗し五十一番札所に定めた
 
その後、892年に伊予国の
領主・河野息利に長男が誕生したが
その子は左手を固く握って
開こうとしなかった赤ちゃんぴえん
心配に思った河野氏は祈祷を依頼
するとその子の手には衛門三郎
刻まれた石が握られていたそう
この石は安養寺に奉納され寺の名が
石手寺に改められた
 
 

衛門三郎の像
 
衛門三郎伝説
お遍路の元祖と言われる衛門三郎
伊予を治めていた河野家の
一族である衛門三郎
強欲非道な人物だった
 
ある日訪ねてきた托鉢僧を追い払おうと
僧の鉢を竹ぼうきでたたき壊してしまう
この人物こそ弘法大師だった
 
その翌日から衛門三郎の8人の子供が
次々と死んでしまう
大師への酷い仕打ちを悔やみ
大師の許しを得るために四国巡礼の旅に出た
しかし20回のお遍路でも
巡り会うことができず
21回目のお遍路を逆回りで始めた
その道中21番札所焼山寺の麓で
ついに力尽きて倒れてしまう
 
そこへ弘法大師が現われ
許しを請う衛門三郎
望みはあるかと尋ねると衛門三郎
来世も河野家に生まれ
人の役にたちたいと言うと
そのまま息を引き取った
大師はその手に衛門三郎
刻まれた石を握らせた

 

なので先ほどの

左手をにぎって開かなかった赤ちゃんは看板持ち

衛門三郎の生まれ変わりだったのです

 

お大師様に会えて良かったですね
衛門三郎さん
 
石手寺の宝物館にはこのときの石が
展示されているそうです

 

 

参道(仲見世)

早朝なのでお店は開いていませんでした
でも仲見世はワクワクします
 

この石手寺は四国霊場であると同時に

松山市の観光名所としての一面もあり
境内全体が歴史的な文化財で
見所がたくさんで大変💦
ミシュラン一つ星だそう
 
仁王門

国宝です
鎌倉時代の特徴を発揮しており
楼門の蛙股は運慶の作と言われているそう

 

 

仁王像

 
 

この仁王像は国重要文化財
湛慶の作と云われています
 
大草履
一円玉がたくさんはさんであります
触ると足腰に御利益があるそう
 
境内案内図 
伽藍配置は立体的な曼荼羅形式なのだそう
 
 
 
鐘楼堂
 
 
 
 
仕合わせの鐘といわれているそう
 
写真は無いのですが、ここに
与謝野晶子の
伊予の秋 石手の寺の香盤に
海のいろして 立つ煙かな
という句碑があります
 
 
本堂へ
 
 
金色に輝く五鈷杵
すごいインパクトですキラキラ
 
本堂
国重要文化財
鎌倉時代末期の建築の特徴を
よく残しているそう
ご本尊は薬師如来様
 
 
大師堂
 
 
 
お大師様拝顔できましたおねがい
 
 
護摩灰御手形
弘法大師が江ノ島弁才天(江ノ島神社)
において行われた護摩供法要のさいに、
その灰でお大師様ご自身が
7体の弁財天を作り、
その片面に自分の手形を押し、バイバイ
花押を添えたものと伝えられている
 
この手形は滋賀県水口にある
『玉台寺』御堂解体の時
床下から発見されたもの
 
石手寺住職の指導協力のもと、
手形発見の地に
寄進を募り御堂建立し、
手形をお奉りしていることから
その寄進のお礼で復刻した手形を
開眼してあるとのことです
 
 
弘法大師が
すべての人が本当に幸せになれるように
との願いを込めて作られたという
謂われを持つお手形パー
 
ありがたくお手合わせさせていただきました
空海さんの手はあまり大きくないのですね
 
 
このお堂はかつて参詣した人が
落書きを残していく習慣があって
落書き堂と言われているそう
夏目漱石や正岡子規の落書きもあったのに
第二次大戦中に塗り直されてしまったそう
今は落書きできないそうですが
代わりにホワイトボードが
設置されていました
 
一切経堂
 
護摩堂
国重要文化財
この堂宇のみ純粋な和様建築だそう
 
 
絵馬堂
 
 
韋駄天堂
衛門三郎 再生の輪
 
 
くぐりました
 
 
 
愛媛パゴダ
 
 
阿弥陀堂
 
 
拝顔できました
 
 
何か石が祀られているようなはてなマーク
 
 
湯音石
道後温泉の湯の沸く音が
聞こえるそうですタラー
 
 
第二鐘楼
銅鐘もあわせて国重要文化財
元弘三年に建てられたもので
四方に腰袴がついており、
全国でも珍しいそう
 
 
 
 
修行大師像
 
 
 
三重塔
国重要文化財
鎌倉時代の特色を伝える建物
 
お砂踏みならぬお砂撫でがありました
 
 
 
 
 
 
 
納経所
 
となりのお茶堂
ここにはお大師様が祀られています
嵯峨天皇に奉納された
大師御作 弘法大師像だそうで
靴を脱いで参拝させていただきました
ありがたかったです
 
茶道大師ともいわれていて
50年に一度の御開帳だそう
昨年の4月に御開帳されたので
次はもう会うことはできませんね
線香の煙を体に当てると
病気平癒の御利益があるそうです
 
 
 
 
 
 
訶梨帝母天堂(鬼子母神)
このお堂も国重要文化財です
堂宇の中央の蛙股は非常に繊細な造りで美しく
肘木のところや釘かくしなど
特徴ある物となっているそう
全く見えませんけどね💦
子宝石があります
 
 
 
次はマントラ洞窟へ
長くなるので今日はここまで
石手寺まだまだつづきます指差し