男には小学生の娘が二人いるが、次女からこう呼ばれていた。「直角男。」
何が直角だって?何もかもなんだ。
横断歩道を渡るとき、残り1メートルくらいは斜めにショートカットするだろうが、男は直角なのだ。直角に渡って直角に曲がる。
バスの通勤定期を持っているが、日曜日に娘たちと街に出かけていくとき現金を払っている。次女が「定期券があるじゃないの」というと「あれは通勤のためのものだ。今日は違う」というのだ。次女は馬鹿げているよね、というが長女は一理あると思っている。
長女は確かに四角四面な父であることは認めるが、それもいいんじゃないかと思い始めている。
人に対して「それは違う」と言うほど度胸があるわけではなく、むしろ男は気が小さく人見知りだ。人には言わないが自分だけは正しいことを守ろうとしている、よく解釈すればそういうことだ。
長女は痩せっぽちの小さな父の背中を見て育った。頼りがいなど微塵もないようだが、一人筋を通している姿は潔いとも感じていた。
そして、苦労を一人で背負わなくてもよいのに、とも思う。
誰にも言わず一人で何とかする、それは長女にも似たところがある。まあ、親子なのだから多少似ていても不思議はない。ただ、いつも背中を見ていると、段々理想像に思えてくるのだ。
へたくそな生き方、結局背負わされてしまう仕事、それに不満を言わないのだから益々背負わされてしまう。まじめだけが取り柄の男はそれでも、それなりに結果を出し評価を得ていく。そしてまた背負うものが大きくなっていく。
世渡りが下手だと長女は思うが、その生き方を嗤う気にはなれなかった。
四角四面な男は喫茶店でもらうマッチ箱を、書斎の引き出しにきれいに整理して保管する。長女はこれに何の意味があるかわからないが、コレクションとはそんなものだと思うので、聞いてみなかった。
みかんの皮を剥いたら一旦手を洗いに行く。皮の外側には埃や農薬や何かが付着しているだろうから、その手で中身を触って食べるのは嫌なんだろう。潔癖症というのか、完璧主義というのか、いやむしろ強迫神経症に近いのではないか。
四角四面で几帳面で一人でもルールは守る、次女はそんな男を揶揄(わら)っていたが、長女はそれほど融通が利かないとは思っていなかった。むしろ理屈が通ることであれば前例がないことでも話は通じると思っていた。
子供は何かと突飛なことを思いつくが、長女は説明さえすれば理解が得られること、むしろ応援してくれることも気づいていた。
そういえば長女は父から「~してはいけない」と言われたことがなかった。言われなくても悪さをする性格ではなかったが、「こういう本を買ってほしい」とか「こういう実験をしたいので機材を買ってほしい」という願いはほぼ叶えられていたのだ。
まじめで少々評価を得てはいたがあまりに不器用な生き方で、トータルすれば損じゃないかと思える男の人生を、長女は時々振り返ってみる。
満足だったのだろうか。何を得て何に満足していたのだろうか。満足していなかったのだろうか。
答えはいつも同じ。満足だったのだろう。そして娘たちが思うほど四角四面ではなかったのだろう。
要領よく生きればもう少し長生きできたかもしれないが、すっきりと、自信をもって、男は「まっすぐに生きた」と言っていそうな気がする。
(代表:橋本 裕子)
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