その人は生まれてからずっと、自分ではない別の役割を求められてきた。
自分の感情を持たないよう押し殺し、自分の考えは表に出さないようにしてきた。そうでなければ生きられないから。
その人は何の感情もなく、痛みも感覚もなく、石になった。
それでも石の中心部には、柔らかく温かい部分が残っていると数人は信じた。分厚い石の殻を壊すことは危険すぎる。温めて溶けるものでもない。信じた人々は様々な方法を試みたがみんな失敗して去っていった。
私はいつの間にか石の傍らを歩いていた。長い石との対話、それは対話と言えるのかどうかわからない。いつか本当に内部に到達できるのか。石の仮面との対話、問いかけても何も答えてくれない。
答えをつかみたかったのは、むしろ私の方だった。何か気持ちが通じる瞬間が欲しかった。怒りや憎しみの言葉でもよかった。
私は石と一緒に長い間荒野を歩き続けた。「種から芽が出る」なんて甘いことは考えていない。せめて石に、わずかなひび割れでも見つけられないか、そう思っていた。
何人かがいろんな方法で石に寄り添い、温め、ノックし、ひび割れを作ろうとした。でも石は、そんな人間の接近をことごとくはねのけ、より一層固く冷たい石になっていった。
石は、いったいどうしようと考えていたのだろうか。すべてを自分の内側だけで完結するのはあまりにつらすぎないか。誰でも助けてほしくて手を伸ばす瞬間はあるはずだ。
何十年もこうして真っ暗で冷たい時空を、石と私は過ごしていた。
私はこの救いようのなさに絶望しかけていた。いや、絶望しているのは石の方なのだ。
私の目が、暗く曇っていくのに気が付いたのは石だった。
石は自分が真っ黒で冷たく固いのに、私がそうなっていくのを見た瞬間、たじろいだのだ。自分と同じように絶望していく私を見たのだ。
そのたじろぎは、人間性とか、ヒューマニズムとか博愛とか、同行者に対するやさしさとか、そんなものではなかったと思う。憐憫でもなく。
私にはわからない。石は自分の姿を見た、としか言えない。
少なくとも石は自分の姿を見たのだ。
そして改めて私を同行者と認めたのだろう。
だからと言って歩いているところが暗黒の荒野であることに変わりはない。その中を石は私と歩いていこうと決めたのだ。なんの希望もなく暗闇を歩くことに何か意味があるのかもわからずに。
それでも私を同行者と認めた石と私は、あてもなく歩き続け、私も徐々に石と化した。
石と私は、暗闇の中で少々転ぼうがなんともない。痛みも感情もない。
しかし駆け出しの私は、時々生身に戻ることもあった。闇の中で生身でいることの方がつらく、現実を見てうろたえる。石はそんな私を見ていた。
生身と石化を行きつ戻りつする私を見て、石はわずかでも心が動いたのだろうか。
石は自分を見つめ、私を眺め、少し心というものを味わってみたくなったのではないか。時々生身に戻る私を観察し、石の自分を観察した。
しかし終わりはふいにやってきた。暗闇で足を踏み外し、谷底に転落したのだ。慣れていたとはいえ足元も見えない暗闇なのだから、いつも危険と隣り合わせだった。いつかこうなるとわかっていた。
同行者を失った私は、さらに石化して、もはやたじろぐこともなくなった。ふと、後ろに一人ついてくる人物を見つけるまでは。
(代表:橋本 裕子)
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