幾年月経ったとしても | 無駄話。

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鬱病・適応障害持ちが書く与太話です。「下劣な党派心」による「あら探し」が多いので、合わない方はご遠慮願います。

 親に「学校」時代のいじめや篠沢保に代表されるクソ教師(「先生」などは存在しない)について話していると「何十年も経っているのに」と言われたので「何故あの時「いじめられる側にも問題があるのではないか」と言って話を聞こうとしないのか」と怒鳴ったら「ごめんなさい」と頭を下げてきた。これは老母虐待?「いじめられる側の問題」って、どこへ行っても転校生だから?板橋区教育委員会が筆先でちょちょいのちょいで3つの小学校から集めるような形で中学校に「進学」した時に二人か三人ぐらいしかいなかったので他の奴らからすれば実質的に転校生のようなものだったから?そんな事が「いじめられる側の問題」なら、どうすればよかったのか?「管理するだけの仕事よりこれから必要になる」と転職しなければ何回も転校する事はなかったはずだ。太田幸次郎やもう一人の太田、林、仁平のような輩や篠沢保のような奴から受けた仕打ちを「何十年も経っている」ので忘れて許せ、とでも言うのか?給食当番の時は「給食を準備しなさい」と仰って目の前でご覧になっているにも関わらず「転校生以外の皆様が食べる給食の準備が終わってから」初めて気がつかれた教師溝口と溝口に言われて、やっとこさと給食を運ぶ金属の缶の底に残って固くなった御飯と具のない汁だけの味噌汁を準備した奴らを?

 幼稚園は仏教系だったと思うがいじめに対して仏様は「恐らく眠っていて、起こしてもらわなければならないのだろう」から何もしなかったがヤハウェ様も同じようなものだ。どいつもこいつもカトリックの教会の(多分、後任の)神父だろうと上司の大司教だろうと土下座させてやりたいぐらいだ。

 カトリックは殺人犯のヴェルメルシュや変質者のマンハルトのような神父様でも国外逃亡させるように問題を起こした神父様は未だに平信徒からは見えないように他の司教区や外国に移して誤魔化して済ませるスペシャリストなので教皇エウジェーニオ・パチェリは褐色や黒い追われる羊達を「安全な南米や中東」に逃がしたわけだ。よりによってモサドが銃殺する行動部隊では隊員に「負担がかかるので」ガス・トラックを開発したヴァルター・ラウフをエージェントに雇用しようとしたとまでは思わなかったが。

 浅見雅男の「不思議な宮さま」に東久邇宮が子どもの頃に受けた仕打ちを「満四十歳に手がとどこうという男が三十数年前をこのように回顧しているのである。よほど口惜しかったのだろう」とあるが普通の人間ならそうではないのか?田村智子のようなスターリン主義官僚で上役から何を言われても忘れてしまう人物は知らないけれど。