無駄話。

無駄話。

鬱病・適応障害持ちが書く与太話です。「下劣な党派心」による「あら探し」が多いので、合わない方はご遠慮願います。

 「虚構の昭和史」には「この世界の片隅に」のアニメを言及している。アニメもドラマも見ていないが原作は読んだ。玉音放送を聞いてからノンポリから急に軍国少女になったかのようなすずが旗竿に翻った太極旗を見る場面は、どうしても違和感を感じる。作者は読者に考えさせる為に太極旗を登場させたのだろう。昭和20年当時の日本人で太極旗が何を意味しているのかを知っている人は、ある程度、年配の在朝日本人か朝鮮に住んでいた事のある人ぐらいだろう。中には朝鮮に関心を持って古い本で太極旗を知った人はいるかもしれない。戸髙一成が「軍用機のディテールや飛び方の特徴も実にうまく描いています」と言っているが、ここは太極旗ではなく青天白日満地紅旗の方がいいのではないのか?汪兆銘の南京還都後、南京政府の国旗になった青天白日満地紅旗が国民政府の国旗として翻った方が絵になると思うが、青天白日満地紅旗は「中華民国国民政府」と称した汪兆銘、陳公博の南京政府の国旗だった事を読者、視聴者に説明する必要はあるだろう。

 戸髙一成、保阪正康、大木毅の三氏は李鍝公を知っているかどうかは分からないが、「この世界の片隅に」は呉が舞台なので李鍝公の薨去を伝える新聞を登場させる手もある。もっとも読者や視聴者はまず、李鍝公を知らないだろう。広島の韓国人原爆犠牲者慰霊碑の碑面に「李鍝公殿下」と篆刻で刻まれているのに、誰なのか分からず、「平和公園の外にあるのは日本人が差別しているからだ」などという、いい加減な「通説」が広まっていたものだ。

 昨日は田月仙の「ザ・ラスト・クイーン」の最終公演があったが、躊躇しているとチケットを確保した原田知世のコンサートとダブっていた。作中に陸士生徒時代から李王家東京邸に出入りしていた李亨根を登場させた方がよかった、とは思うが、観客はこの陸軍大尉が誰で登場させたのは何故なのか、すらまず分からないだろう。趙重九は「王家の終焉」で書いている李鍾賛は彼が昭和20年に襲爵はしなかったが子爵家の嗣子なので当然にしろ、李亨根とは李王家東京邸ですれ違った事がないのだろうか。張赫宙は「在日朝鮮人の内幕」を読んだ限りでは「秘苑の花」の取材で李王家東京邸を訪問した時に朴春琴とすれ違ったらしい。少なくとも日本では誰も李亨根が昭和20年8月15日の午後(ちょうど張赫宙の「秘苑の花」の作中世界が終わってすぐ)、李王家東京邸を訪れて英王李垠から身の振り方を指南された事を書かないのは角田房子の「閔妃暗殺」は読んでいても「わが祖国」など読んでいないからだろう。本当なら「英親王李垠伝」の本文を書いた岡崎清がネタ元には言及していないが「秘苑の花」から引用しないで陸士の先輩で防衛大学校の同僚でもある佐々木春隆の「朝鮮戦争/韓国篇」を読んで李應俊と李亨根に取材して書けたはずなのに不思議で仕方がない。おそらく東京帝大卒の金斗鎔を意識して?自分の出身大学を東京帝大なのか京都帝大なのか分からないような人が書いた「王家の終焉」を鵜呑みにすると馬鹿を見るいい例だ。