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無駄話。

鬱病・適応障害持ちが書く与太話です。「下劣な党派心」による「あら探し」が多いので、合わない方はご遠慮願います。

 大日本絵画のネットショップで「Uボート総覧」の在庫があるかどうかを確認すると品切れになっていた。最後の1冊を注文したわけだ。この本のデーニッツ提督のコラムを読んでいると「彼ら向けの陸上娯楽も同様で、諸港のバーから慰安所、アルペンスキー休暇、ドイツ向け特別列車など多岐にわたった」とある。潜水艦隊司令長官なり海軍総司令官なりがUボートの乗組員の士気を維持する為に大ざっぱにしても慰安所も管理していたの?となると陸軍と空軍、武装SSも似たような事をしていたのか?つまりフォン・ブラウヒッチュなりヒトラー本人なりゲーリングなりヒムラーなりが慰安所の管理をしていたのか?になる。ニュルンベルク裁判で有罪となった罪状にはないが、この版元が出している「ラスカンⅢ」は一言も書かれていないウルリヒ・クレーマンのロードス突撃師団がロードス島のユダヤ人を狩り出した時にゲッツ・アリーの「ヒトラーの国民国家」には海軍の船舶がギリシャ本土へ連行したというのでノルウェーのユダヤ人が強制収容所へ送られた時は海軍の船舶を使っていたのだろうか?

 「ケストナーの戦争日記」は原文注として「ドイツ共産党系の新聞王ヴィリ・ミュンツェンベルクと「赤いオーケストラ」に接点があったかどうかは不明」という個所は、どうだろう?岩波書店はミュンツェンベルクの伝記を出しているのに。フランスに亡命した彼は1940年に故人となっているし、その前にKPDの党員ではなくなっている。KPD時代でも公然部門の関係者だったミュンツェンベルクが「赤いオーケストラ」のようなソ連の情報機関と関わりを持つドイツ国内の非合法組織と関係ないはずだ。彼の妻はマルガレーテ・ブーバー-ノイマンの姉のバベッテ・グロスだがニム・ウェールズは「アリランの歌」の注釈にソ連で銃殺されたはずのハインツ・ノイマンが「一九三八年上海で、彼はエドガー・スノーを訪ねてきた」とありふれた名前なので同姓同名の別人でなければオカルト紛いの事を書いているみたい。また訳者あとがきで主に邦訳がある第二次大戦時の日記の紹介があるが、ケストナーが絡むコンラート・ラッテと関わりを持っていたルート・アンドレアス-フリードリヒの本がないしゲッベルスの日記は戦争末期を書いた邦訳本があるはずなのに邦訳者なり担当編集者なりは知らないのだろう。ゲッベルスは後世の読者に読まれる為に日記を書いたそうだがアンドレアス-フリードリヒはローベルト・ハーヴェマンがゲスターポに逮捕された時に日記を書いていた事を批判しながら本人はコンラート・ラッテを偽名の「コンラート・バウアー」で書く不用意な事をしている。中にはトロツキーの「亡命日記」のように逮捕された時に備えて自分で書いたものを他人が書いたように記したような日記もあるだろう。カバーの「第三帝国の下劣さ、馬鹿らしさを批判し」云々で連想するのは「ドイツ民主共和国の下劣さ、馬鹿らしさを批判し」たような日記を岩波書店は出しただろうか?将来、今までヨイショした分「朝鮮民主主義人民共和国の下劣さ、馬鹿らしさを批判」するような本を出すだろうが。「アリランの歌」の補注にはさすがに李光洙は「朝鮮戦争時、北に連行されたといわれる」とあるが粛清された金元鳳は「一九四八年に北朝鮮に移って政府閣僚のその他の要職を歴任した」で終わっている。