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上海で暮らしてみた

2年目駐在員のささいな日常ブログ

上海の中心部に「新天地」というエリアがあります。
ハイセンスなショップやレストランが多数あり、上海でも有数の人気スポットです。
あまり広くはないけど、中心部にいるとパリのカフェか、東京でいえば青山あたりか、といった雰囲気。


欧米系の人たちが多くいるほか、若い上海人にも人気の場所。
特に週末の夜はたくさんあるバーがどこも賑わっています。
ただ、食べ物も買い物も値段が高い!


もともと、このエリアは古くからの共同住宅である「石庫門」という石づくりの住宅があった場所で、その歴史的建物を保全しつつ、近代的な街なみとして再利用した場所。
大阪に「上海新天地」っていう場所があるらしいけど、、、ここにはタコ焼きなんかあらへんで。

一角には、「中共一大会議」という中国共産党の設立会議(第1回党大会)を行った場所があります。
内部は見学することができ、資料の展示や実際に使われた会議室などが保存されています。
資料によれば、第1回大会に集まった人は12人らしい。
日本語解説がないのでよくわかりませんが、ここで世界最大の政党である共産党が結成されたと想像すると外国人ながら感慨にひたる思いがします。


謝謝!



11月24日
お土産でもらったお菓子が床に落ちてる。なんで?
よく見ると、2cmくらいかじった跡があって、周辺には包装ビニールの細かい切れ端が...
ネズミだっ!

11月25日
リビングに置いてあった飴が残骸を残してなくなる。
フォトフレームが倒れている。置いてあった砂糖やドリップコーヒーの袋、だしの素などが全部かじられてる。
やばい…完全にねらわれている。
すぐにカルフールで衣装ケースを買って、食品類を全部隠す。

11月26日
夜中に物音で起きる。
朝キッチンに行ってみると観葉植物が倒れている。
よく見ると、葉っぱが食われてる!!
そんなのまで食べるの!?とりあえず観葉植物は会社に避難させる。

11月27日
もうかじるものはないはず!って思っていたら、
除湿剤のビニール袋がかじられてる!!
ショックでしばし呆然とする。


11月28日
会社の同僚に粘着式の捕獲器と毒エサを買ってもらう。
翌朝見てみると毒エサが食べられている。
死んだか!?

11月29日
毒エサで死んだかと思いきや…
普通に毒エサをおかわりしてる。

11月30日
不動産屋に頼んで駆除業者を呼んでもらう。
男性が2人来て、適当に部屋を見たあと「わからない」と言って帰る。
役立たず!!
その夜、業者が「超強力な毒エサ」という物をもってきて、部屋のあちこちに仕掛けていく。

12月1日
「超強力な毒エサ」が食べられている。
これで死んでくれるか、、、と思いきや…
追加で置いた「超強力な毒エサ」がおかわりされて完食されてる!
意味ねー!

12月2日
全部屋に置いた毒エサの食べられ方から分析して、キッチンが進入路と断定。
念のため、中国製の超音波駆除器を設置する。

12月4日
部屋のオーナーと一緒に進入路を徹底的に調査。
すると、キッチンの棚の一部に2×3cm程度の穴を発見。
そこに通じる道をたどると、天井裏までつながるルートが確認できた。
これだ!
全ての穴をセメントでふさぎ、更に、日本から出張者に持ってきてもらった超音波駆除器を設置。

これ以降、ネズミの気配はなくなった。
勝利。

中国では今まで経験したことない事がたくさん起こる。
いい経験させてもらってるなぁ。(と思わないとやってられない)


謝謝!
「アジア最大級の水族館の一つ」である上海海洋水族館。
微妙な言い回し・・・。

3階建ての水族館で、世界の各地域ごとにゾーンを区切った展示になっています。
魚の種類は豊富で、希少種も多くいます。

魚だけでなく、大きなワニもいます。

いや、これはニセモノです。

水族館にニセモノのワニ置いとくかね?
中国ですから(?)じっとしている動物はニセモノかもしれません。どこかに着ぐるみも・・・
一瞬、海草かと思いきや、餌を兼ねたレタスの葉がきちんと植えられて水中を漂っていたしなぁ。

メイン展示は動く歩道のついたトンネル水槽。

長さは155m続きます。トンネル水槽としては世界最長らしい。
演出としては面白いけど、ちょっと狭い感じがするのと、ライティングがイマイチで、なんだか暗い雰囲気になっているのが残念。

日本の水族館ではイルカやアシカのショーが定番ですが、ここはそうしたイベントはありません。
中国語は難しいので動物も理解できない・・・ってことはなかろうが・・


謝謝!
中国で働く日本人の一人として、見ておかないといけない気がして行ってきました。


紀念館の入口には日本兵から逃げる市民や、子供を殺された親が泣き崩れる像などが連なっていて、日本人としては入る前からガツンとやられる感じです。
中に入ると、当時の様子を伝える写真や新聞記事、遺留品などが並べられ、人骨が多数残った遺体発掘現場を移築した展示もあります。

展示は、日本軍が南京に侵攻する時期から始まり、南京制圧、虐殺、強姦と続き、米英による中国人の救済、日本敗戦後の残留日本兵への「寛大な」救済措置、最後は平和への願いという流れで展示されています。
虐殺のコーナーでは中国人を切る、焼く、溺死させる、生き埋めにする、毒ガスをあびせる・・・などの光景が、日本兵が「楽しみとして中国人を殺す」という見出しと共に展示されています。銃剣で突き刺す瞬間の写真や、生首が並べられた画像、黒こげになった遺体や川岸に大量に打ち上げられた遺体の数々。中国語と英語、日本語の3カ国語で写真等の解説があるので、この地で日本兵が行ってきたことをまざまざと見せつけられます。

もちろん、これらの資料がねつ造、でっちあげであるという主張もあります。
写真は合成であるとか、日本兵として写真に写っているのが実は中国人の演出であるとか・・・

それも承知の上で、特に印象に残ったのがこの写真。


南京侵攻の際に、2人の将校が、「どちらが先に100人斬るか」競って引き分け、「延長戦」にもつれ込んだという日本の新聞記事です。
この2人、戦後に裁判を受けて南京で処刑されています。

この記事についても真実か、虚偽か、論争があって真偽のほどはわかりません。
ただ、当時こうした行為が賞賛され、この2人が英雄的な扱いを受けていたのは間違いない。そうでなければ新聞記事にはならない。
当時の日本人は、この新聞記事を見た人たちは、二人を英雄とみていたのだろうか・・?

ここに展示されている事を学んだ人たちと暮らし、仕事をしていることを改めて実感。


謝謝!
崇明島(chong ming dao)は上海の北に位置し、(中国の解釈によると)台湾島、海南島に次いで3番目に大きな島。
面積は沖縄本島と同じくらい。


先日、仕入先へ部品購入の話をしに行きました。

この島は揚子江の河口にあり、その川の土砂が堆積してできた島。
したがって、山もなければ丘もない、ただひたすらに平坦な島です。
絶え間なく流れてくる土砂によって、面積は日々成長し続け、将来的には北部の江蘇省とつながるといわれています。

工業はあまり発展しておらず、農業が多い。
道端にヤギや羊が普通にいるけど、盗まれたりしないのか!?
夜は21:00くらいには多くの人が寝てしまうそうで、街灯もなく真っ暗。

写真は島の東側にある鳥類の自然保護区。


のどかな湿地帯が広がっています。
奥の方に小さく写っているのは風力発電の風車。

上海中心部から車で1時間くらいで行ける場所ですが、自然が残されていてほっとする。
それでも、市街地にはマンションが建設されていて、工事中の場所も多い。
こういう島は開発せずに、昔のままの中国にしておいてほしいなぁ。


謝謝!