離婚のカルマ思想

①性格の不一致

②お金

 

そして、

③離婚しない事のカルマ

恨みを晴らす為にやることは「別れる」だけでない。「別れない」事により、新たなカルマを作る事もある。

 

愛情は冷めているけど、経済的な理由から離婚しない。それは奪い合うカルマに関係している。

愛が無いのにお金を貰う人は「奪う」事をしているし、愛を貰わずにお金を払う人は、「奪われている」と感じるだろう。当然お金のやり取りが快適のはずがない。 

 

また別れる理由がない、別れるのが面倒、独りが怖いという離婚しない理由があるだろう。これも満たされない気持ちが深く、新たなカルマに繋がる。 

 

★★★

世間には、恨みを晴らすために別れないのを決める人もいる。ものすごい負のエネルギーが必要だろう。

 

離婚は、とても難しい決断だし、深刻な問題。でも、時には別れることが最善の選択である時もあるだろう。

 

 

 

お金の切れ目が縁の切れ目。

お金がなくなると見えてくる真実と言うのがある。

そこでどういう選択をするかが、ある意味神試し。

 

別れるか、別れないかをお互いの為になるか思案する事が大事。

表面的な繋がりが、魂から繋がった絆へと変化していく可能性もある。

 

お金を払う方に、奪われたという感覚があると仕返しのカルマの始まりになる。

奪われたら今度は奪い返したくなるのが、因果関係だから。

 

お金のやり取りは、感謝や祝福と共に行われれば双方に豊かさが巡らされる。

そうでない場合は、過去性からのカルマを深めるだけになる。 

 

★★★

お金は、生活において必要不可欠なものだから、日々の生活に大きな影響を与える。

しかし、お金に対する考え方は、人によって異なり、それが夫婦関係の相違になるのだろう。

お金だけで幸福を得ることはできないのは、わかっているが、

たかがお金、されどお金である。

性格の不一致による離婚は、相手と性格が合わないのではなく、相手に合わせるのを諦めたという事だ。

 

愛があれば合わせようとするし、合わせたいと思うもの。

それをせずに「自分の価値観は譲りません、あなたに合わせる気は一切ありません」というのが、この離婚の真の姿だ。

 

そして、別れた相手から与えられなかったものを次の相手から貰おうとりする。

相手を変えて、次の相手という存在に仕返し続けるという事にもなりえる。

復讐と仕返しのカルマの始まり。 

 

★★★

離婚を考えている時に、見つけてノートに書き写したもの。

 

「あなたに合わせる気は一切ありません」

そう、そう。もう、おもいっきり頷いてしまった。

お互い、相手が自分に合わせてくれることを期待する。

結婚は、妥協と許容が必要だ。

 

あなたはそのままで価値がある
あなたはそのままで、完璧な存在だ
あなたはそのままで大丈夫だ


あなたの存在は人を幸せにしている
あなたがいるだけで、人は幸せになる
あなたの幸せは誰かの幸せにつながる


あなたはもっとしあわせになっていいのだ
あなたは幸せになるために生まれてきた


誰かと比べる必要はない
あなただけの輝きを持っている。
何があっても必ず乗り越えられる


大丈夫
人生はあなたが乗り越えられる問題しかやってこない

あなたの人生は幸せにしかならない


ここから人生が劇的に好転していく

 

★★★

これを見つけて、一日元気をいただけました。

 

こちらから参照

 

 

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

 

沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

 

奢れる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 

 

猛き者もつひにはほろびぬ ひとへに風の前の塵に同じ

 

 

祇園精舎の鐘が鳴る音は、諸行無常という仏教の教えを表している。諸行無常とは、全てのものが常に変化していくということを指し、この世のものはいつか必ず滅びる。

 

沙羅双樹の花の美しさは一時的であり、それが色あせることは、栄枯盛衰を表す。つまり、全ての栄華はいつか終わりを迎える運命にある。

 

自分が偉大だと誇り高ぶっている人も、その状態は長くは続かず、つかの間の夢のようなものである。

 

勢いがある者でも、最終的には必ず滅びる運命にあり、風の前の塵の様に、人間の力や存在がどれほど小さなものであるかを表している。

 

★★★

世の中には常に変化ある、人や物事が永遠に同じ状態であることはない。私たちが手にしているものは、いつかは失われたり、壊れる。

それゆえ、自分が持つものや身近な人たちに感謝し、今を大切に過ごそうと思う。