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想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

同じことの繰り返し。

精神論ばかりがまかり通り、ただポジティブな言葉が流れていく。

別にそれ自体は悪いことじゃない。でも、内実が伴っていない。

「ブラジルに勝てる」みたいな論調が不思議でたまらなかった。


精神論よりも遥か前に、ちゃんとチームが構成されていなかった。

 

「戦える集団になってない。(…)ボランチもそうだし、WBも足りない(長友はそもそもだし、大然もWBでは全然使えん。大然はむしろFWなら活きる)。」


弱点を抱えたままのチームで、大事な試合に勝てるわけがなかった。


最初から分かっていたこと。ずっと分かっていたこと。

単純な事実、この監督は大事な試合で一度も勝てていない。

大事な大会で一度も目標を達成したことがない。

東京五輪、二度のワールドカップ、二度のアジアカップ。

何度、煮え湯を飲まされてきた?

 

アジア杯は準優勝→ベスト8、W杯はベスト16→ベスト32

 

どんどん成績は落ちているのに、なぜだか続投が検討されている。


今回の代表は、なんだか浮かれたような威勢のいい言葉だけが流れて、

終わってみれば、いつものようにトーナメント初戦敗退。

それでも、いつものように「よくやった」という声が溢れて、

いつものように深刻に事態に向き合わないまま時が流れていく。

技術委員会は仲良しこよしでまともな検証なんてしない。

今回は悔しくもなかったよ。

最初から分かっていた。ずっと分かっていた。


負ける前からあまりネガティブなことは言いたくはなかったけど、

このチームは「ウイングバックが弱点だよ」ってずっと思っていた。

「もういい加減スリーバック諦めてほしい」
https://x.com/flowinvain/status/1978062551863689222
(去年の親善試合のブラジル戦)

「守備的なWBが選出されていないから、そもそも(分かっていたのに)相手のウイングに対応ができない」
https://x.com/flowinvain/status/2066264348755099691
(オランダ戦のハーフタイム)

「大きな大会(五輪W杯アジア杯)で一回も目標を達成していない監督が続投なんてありえない。今回もWBに明確に弱点を抱えている。これは選手の質じゃなくて適性の問題。前回のブラジル戦の前半や今回のオランダ戦でその欠点は露わになったけれど、誰もそれに目を向けない。8年もその穴埋めがされてない」
https://x.com/flowinvain/status/2070748790521508171
(ブラジル戦前に監督の続投を検討するニュースが流れた時)

「正直、分かっていた展開でやられたなという印象。サイドを固めたいところで、堂安の代わりに菅原が入っても固くなるわけじゃない(いい選手だとは思うけれど)。失点も直接的には碧のミスからだけれど、完全にマルティネッリを離してた。チーム作りからの問題。こういう時に入れる選手がいなかった」

(ブラジル戦後)

 


堂安も中村敬もいい選手だけれど、本職じゃない。

 

守備は頑張っているけれど、専門の選手じゃない。

 

押し込んでいるうちはいいけれど、押し込まれると途端に苦しくなる。

ほとんど休ませられなくて疲弊しているならなおさらだ。


結局、一番大事な時に背番号10はピッチを去ることになった。


そういう時にフォーメーションを変える選択肢も持っていないし、

控えの選手を投入しようにもWBの守備ができる選手がいない。

菅原は本職だけれどポカが多いし、鈴木淳は守備的だけれど本職じゃない。

 

特に菅原はああいう展開の時に入れる選手じゃない。

 

鈴木淳はそもそもあのポジションでほとんど使われてこなかった。

 

その二人が一番大事な時に出てきて、

 

10と13という数字が見えた時、この試合は終わったと思った。


ブラジルは相手の弱点を徹底的についてくる。

この試合、何度サイドから崩されたんだろう。
 

 

ブラジル戦の後半のような時に必要な選手が誰かいた筈。

 

サイドで守備を固められて、馬力があって押し返せる選手。


そもそも日本全体にそういう選手がいないんだって意見もあるかもしれない。

でも、この監督は8年もあって、その適性の選手を発掘してこなかった。

フォーメーションの変更も、大事な時に任せられる選手も試してこなかった。


もしかしたら、誰かは適性があったかもしれない。


森下、関根、佐藤、佐野航、あるいは松木、藤田をコンバートしてみてもいい。

Jリーグから誰か試してもいい。別にレギュラーを探そうってんじゃない。


彼らのうち何人かは何試合か試されたけれど、

 

大事なのは、強豪相手の試合でウイングバックのポジションで試すということ、

 

望月みたいなフィジカル一辺倒の選手を試しても、何の成果もなかった。


それでも、なんとか探すしかなかった。じゃなければ3バックをあきらめるしかない。


それがチーム作りというもの。


強豪相手の親善試合で試して初めて分かる筈のことが沢山あった。その機会は何度もあった。


でも、威勢のいい言葉で親善試合も全て勝ちに行って、そうして時間を無為に過ごしていった。


一番、大事な時に誰もいなかった。

 

26人も呼べたのに。

 

でも、誰もいなかった。8年もあったのに。

 

 

追記

この監督は、そもそも大会を通じたマネージメントがほとんどない。

 

騒がれたボランチ問題にしてもそう。

 

ただでさえ少ないボランチを、チュニジア戦では3枚全部先発させた。

 

せっかく、ボランチに碧を先発させたのに、鎌田はシャドーで使われた。

 

「ただでさえ少ないボランチを三枚(板倉も入れれば四枚)同時起用する采配…消耗をどう考えているんだろう…」
https://x.com/flowinvain/status/2068536795244249135

(チュニジア戦スタメン発表時)

 

この試合は、前半で2-0の状況になった。でも、鎌田は休ませなかった。

 

「この展開だったらもはや鎌田代えて欲しい。今の代表で絶対に替えの効かない選手」
https://x.com/flowinvain/status/2068558033903620146

(チュニジア戦ハーフタイム)

 

もうGS突破がほぼ決まっていたスウェーデン戦でも鎌田は休ませられなかった。

 

こうして、一番大事なブラジル戦の後半、鎌田は足の違和感で交代。

 

一番大事な時に一番代えの効かない選手がいなくなった。

 

堂安の使い方もそう。

 

菅原を先発させたスウェーデン戦でも、堂安は休ませられなくてシャドーで先発。

 

塩貝、鈴木唯、町野…

 

あれだけ沢山招集したシャドーの選手が使われない。

 

2チーム作れるみたいな話をするくせに、本当は全然控えを信用していない。

 

中村敬も3試合連続で先発。そもそも信頼できる控えがいなかった。

 

「堂安・中村を休ませられなかったのが、強力ウイングのブラジル相手にどう出るか。かなりキツイ展開になりそうだけど」
https://x.com/flowinvain/status/2070343385865764930
(スウェーデン戦後)

 

そして、一番大事なブラジル戦で鎌田も堂安も中村も消耗が露わになった。


五輪やアジアカップで遠藤を使い続けて、一番大事なところで消耗しきっていたのと同じ。

 

何も成長していない。

 

一回戦でブラジル(orモロッコ)とやるであろうことは、組分けの時点で分かっていたのに。

 

「優勝する」とかいいながら、一回戦ですでに主力が消耗しきっていた。

 

こういうことを書くと、「これまでのW杯の上位国もスタメンは代えていない」

 

みたいな反論があるだろうけれど(それ本当にデータに基づいているか?)

 

そもそも、そういう国はほとんどの試合でゲームをコントロールしてるから消耗が少ない。

 

(かつてクライフは、「走るのは選手じゃなくてボールだ」という名言を残した)

 

それに、日本みたいな「全員どんな時も一生懸命走るのが美徳」みたいなメンタルじゃない。

 

全員頑張って守備するのが現代サッカーみたいな考え、間違っているのに一生変わらない。

 

常に一生懸命走るチームが勝つわけじゃない。

 

適切なタイミングで適切に走れるチームが勝つんだよ。

 

消耗しきっているチームが一番大事なタイミングで走れるか?

 

こういう時にいつも感じる。分かっていたのに。

 

虚しさだけが胸に残る。

君は映画

監督:上田誠

感想(ちょいネタバレ)
 この映画には期待と不安が半々だった。

 もちろん、(僕の好きな)ヨーロッパ企画の映画で、今回は第三弾に当たる。

 一方、前回まで監督を務めていた山口淳太が外れている(予告編だけ担当)。僕は淳太さんを割と評価していて、前作『リバー、流れないでよ』のラスト、神社を駆け上っていくシーンはとても映画的だった。

 上田さんは演劇人としては言うまでもない人だし、映画でも脚本とか演出に関しては大丈夫。映像でも短編は撮ったことがある。ただ、撮影に関しては不安がある。

 優れた撮影監督でもついていれば良いのだけれど、予告編とかポスターを見てもルックに惹かれるところがない。

 冒頭、不安はやや的中する。あまり良い画が撮れていない。説明的な画が多くて(たとえばAがBと喋ってCの話題をすると、カメラもその通りにA→B→Cと映していく)、なんだか低予算の深夜ドラマを見ているような映像。

 たとえば同じ劇作家の三谷さんだったら所々に映画へのオマージュを散りばめたり。あるいは、出﨑さんが劇場版『エースをねらえ!』でやったのは、主観的な時間を意識するということだった。たとえばヘリのローターが回っているのがゆっくり見えるとか。これでアニメが映画になった(それこそ、淳太くんの師の本広さんのさらに師の押井さんが気づいたこと)。

 まあ、別にそんな難しいことでもないのかも知れない。たとえば、夜の下北沢を歩く主人公たちの横顔を映すカットを入れるだけでも良い。映画としての風情が欲しい。

 この映画でも、『リバー』のように主人公たちが階段を駆けて音楽が流れる場面がある。そこだけ見れば割りといいのだけれど、そこでオチがつくわけじゃなくて、そのあともなんかガチャガチャやっているから、映画的な効果は少し薄い。

 もうひとつ、これは『ドロステ』の時にも感じたことだけれど、不思議なことが起きた時に、登場人物たちが素直に受け入れすぎてしまうというか。いかにもヨーロッパ企画らしいのだけれど。

 演劇だったらまあそれでも良いと思う。演劇は約束事の芸術で、お客さんはそもそも目の前の俳優が付く「ウソ」を受け入れるところからはじまる。「わたしたち映画になってるー!?」で通るだろう。

 実写映画の観客はもう少し疑り深い。もちろん、不思議なこと自体は起こってもいい。でも、その不思議なことを(普通の世界の)登場人物に信じさせるには、もう少し手続きが必要なんじゃないかと思う。じゃないとこっち側の観客が自然に受け入れることができない。

 たとえば、シャーロックホームズじゃないけれど、「不可能なものを除外すれば、残ったものが――たとえどんなにありそうもないことであっても――真実であるに違いない」みたいな感じ。

 この映画では、そうした手続きがなくて、わっと「君は映画」という結論に飛びつくから、それが最後まで結構ノイズに感じた。

(追記:『リバー』の場合、既存のゲームとかSF的な用語・概念を用いることで、観客との共通理解をすっと確保していたし、面白さにも繋がっていた。「初期位置」とかね。また、構造を理解できない料理長の角田さんがいることで、二重に保険も効いていた)

 途中の転調もいかにも上田さんだけれど、わりとチープに感じてしまった。意図されたチープ性なのは分かる。ただ、二つやっているからなのか、茶番感が強まった。一つ目は良いけれど、二つ目もあるといまいちに感じた。

 ラストも少し放っぽり過ぎというか。演劇だったら、舞台からキャストが一気にはけて、静かな時間が流れて、感情のオチがつくのかも知れない。でも、やっぱりこれも映画だからなのか「本当にそれで良いのか?」って疑問が残った。あんまりカタルシスがないような。

 まあ…色々言ったけれど。

 劇構造自体はしっかりしているから、中盤は割と引き込まれる。途中からは基本的に長回しになるのだけれど、長回しであることの意味も感じた。下北沢トリウッドの建物を活かした構造も上田さんらしい。実際にそこで見たらより引き込まれるのかも知れない。

 ヨーロッパ企画らしさはふんだんにある。一方、「君は映画」と言いつつ、映画的な風情がなく、いまいち映画らしくない映画。

☆☆☆☆(4.0)



【本予告】映画『君は映画』
黒牢城

監督:黒沢清

感想
 荒木村重って人は昔から良くわからん。

 信長に気に入られて摂津一国を任せられているんだから、有能な人だったんだとは思う。ただ、行動原理が良くわからん。戦国の世だから裏切りは普通だけれど、この人は裏切ったくせに自分だけ城を抜け出して一族郎党ほぼ皆殺しにされた印象が強い。自分だけ生き残って茶人とかになってる。実際はもう少し複雑だとしても、どういう人間なんだ。一体。

 この映画、そんな村重が主人公になっている。『氷華』の米澤穂信さんの原作だってことは知っていて、ミステリーだってことも知っていた。だから、そういう作りだってことは別に気にならなかったのだけれど…。

 冒頭、かの「黒田官兵衛」が有岡城を訪れる。これは史実通りなんだけれど、この時期はまだ「小寺」と名乗っていた筈。この作品のリアルのレベルが、どの程度に設定されているのかここで分かる。まあ別にそれでも良いよ。フィクションでも、荒木村重をどういう人間として調理するかに興味がある。

 物語は春夏秋冬の四部構成になっている。ひとつひとつの季節にエピソードがあって、それぞれの謎解きがある。わりと各部が独立していて、あまり映画的な構造ではないと思ったけれど、まあ別にそれも良いよ。

 ただ…冬春夏のトリックは鈍いし、ハっとするようなものではなかった。最後の秋に関してはそもそも成立していないと思う。これ原作自体がそうなのか、脚本がそうなのか。映画の見え方がそうなのか。

 それに、秋の最後は語りが面倒すぎるしどうでもいい。そもそも設定自体も嘘くさい。映画自体は本物を使った映像はそれなりだったし、俳優陣の演技も良かった。でも、この語りで-0.5。

 それから、最後のテロップ。これは史実だから書いてもいいと思うけれど、要は、村重が城を出たあと有岡城は陥落し、信長はその後しばらく経って本能寺で死ぬ。でも村重は生き残ったという話がテロップで語られる。

 これ、大事な情報が不足している。まず、死んだと思われた松寿丸(黒田長政)は竹中半兵衛に匿われて実は生きている。さらに大事なのは、村重の判断によって一族郎党は皆殺しされているってこと。自分だけ生き残る。

 分かっていて削っているのかも知れないし、そんな歴史上のことは別に語らなくても良いというスタンスなのかも知れない。だけど、モヤモヤが残る。映画の筋としても成立していない。この主人公は一体何がしたかったのか、どういう人物だったのか見えてこない。そもそも一番語るべきところを逃げている。-0.5。

 (原作はどうなっているかしらんけど)この映画はそもそも村重というキャラクターを描くのに失敗している。

☆☆☆(3.0)



映画『黒牢城』本予告【6月19日(金) 全国公開】


追記(ネタバレあり)
 原作を確認してみた。原作では、終章で松寿丸が実は生きてたことや城に残された人々がみんな処刑されてしまうことがダーッと語られる。それによって、官兵衛がやったことも、村重がやったことも、実はまったく無意味なことだったという、それこそ『氷華』のような苦さが残る話になっている。

 この監督はそれをバッサリとカットすることで、ただ「逃げるは恥だが役に立つ」みたいな話にしてしまっている。映画を見ていて僕が感じた違和感の源もそこにあった。読売新聞のインタビューで監督はこの作品について「脱落した人はダメ、ではない」と言っていて、それでこの監督がこの原作に何をしてしまったのかハッキリ分かった。