フランスビーフシチューパン チョコクランチパン 「大丈夫」 | みっぽのパン教室

みっぽのパン教室

はじめまして。
40代の主婦です。
パン作りが大好きです♪

2015年うつ病になりました。
体調が良くなってから、パン作りをはじめました。

パンを作りながら、人に少しでもあたたかい時間を
過ごしてほしいと思い、パン教室を開いています。
宜しくお願います

ご訪問ありがとうございますメロンパン



以前パン教室でつくった、

「フランスビーフシチューパン」と、

「チョコクランチパン」です。


ビーフシチューパン、長女が美味しいと絶賛してたなぁー照れ


また、作って、冷凍して、寮へ送ってやりたいなーおねがい

ビーフシチューのお肉はお値打ちな、ビーフ塊肉を圧力鍋で、柔らかくしょーっと音譜


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前回載せた、刺し子のハンカチは、義叔母の、一回忌に、親戚が集まったので、渡しました。 


私の義叔母は、40年以上、うつ病で苦しみました。入退院も何度もしました。

そして、アルコール依存症だったのですが、アルコール依存症は、何度も病院へ行き、断酒しました。


私がうつ病になり、一歩も外へ出られなくなり、数々の病院はお手上げ、民間療法にも手を出し、もう、どうしようもなくなった時、断酒会に行った義叔母が、たまたま、来ていた、今の私の主治医に、


「外に出られない身内がいるから診てやってください」


とお願いしてくれて、


特別に、今の主治医が私の家に来て、診察してくれたのです。


その義叔母がかけてくれた言葉がなければ、


私は今はこの世にはいません。


義叔母は、私が電話で、


「おばちゃん、私とても辛いです。どうしたら良いでしょうか」と尋ねると、


必ず家に来てくれました。


義叔母は、まだうつ病で、自分も苦しいのにも関わらず。


そして、持ってきた缶コーヒーを飲みながら、私の辛いという話を何も言わずにずっと聞いてくれるのです。


そして、「みっぽさん、大丈夫よ、よくなるから」


と言ってくれたおばちゃんは、辛そうでした。


おばちゃんも辛いのに。ずっと辛いのに。


私は、その温かい気持ちと、あぁ、でも、ずっと辛いんだなぁーという、複雑な気持ちでした。


そんな命の恩人のおばちゃんが去年亡くなって、


今、


「みっぽさん、大丈夫よ」


の言葉が、私の心のエネルギーとなっています。

温かさと、光をくれています。辛い時は思い出します


こちらは、おばちゃんの形見を入れたマスコット。


私の1番のお守り。大事な時には握りしめています。


病院が同じだったので、待合室でたまに一緒になりました。

おばちゃんは、口数がとても少なく、ほとんど沈黙でした。

「みっぽさん、ごめんなさいね。おしゃべりしなくて」と言っていたけど、言葉なんて、要らなかったです。本当に。隣にいるだけで、優しかった。


私は、お薬が合って、良くなっていきました。

おばちゃんは、あまりよくなりませんでした。


亡くなった後、カウンセラーさんが、言ってくれました。


「みっぽさんが、良くなって元気になってきて、喜んでいましたよ」と。


私はその言葉を聞いた時、感謝と、尊敬の念で頭を下げて泣きました。


権力があるから、お金があるから、技能があるから、えらいの?みんなを感動させるから?嬉しい気持ちにさせるから、そんなに、すごいの?


もし、私に力がついたなら、尊敬する人は、義叔母と大きな声で皆んなに言いたいです。


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昨日の高2双子娘のお弁当🍙

「豚の香草焼き」



今日の双子姉の部活弁当

「親子丼」




お読みくださり、ありがとうございました飛び出すハート


皆さまが、穏やかに過ごせます様にクローバー