フロアエージェント 又吉雄二のブログ -184ページ目

管理者の姿勢②

①のつづきダウン


私が考える現場での管理者のあり方とは、


的確な指示を与え、部下に嫌われても叱る勇気を持ち、


人を安全かつスムーズに動かし、コミュニケーションをよく取り、


そしてオーナーシップを持つということが大事なのではないかと考えます。


そして当社ではそれらを実行する環境を作り、また、日々改善しております。


ただ単に現場で観察しているのは管理ではなく「見張り


のようなもので、何か起こった時にしか報告しないような管理者では


失格だと思います。そして何か起こった時にはもう遅いのが現場の怖さです。


私がとても注目している管理者がいます。管理者の鏡と思える人です。同じ業界ではないのですが、


サッカーの元日本代表監督のオシム監督です。彼はとても素晴らしい管理者だと思いました。
(今は日本にいませんが・・・)


私はよく彼のインタビューなどを注意深く観察しておりました。


ある日のインタビューで記者から
「レアルマドリードからオファーがきて心境は動かなかったか?」


との質問にオシム監督は


人気があるスター選手を外したら、監督のほうの首が飛ぶだろう。

ジダンやロナウドが間違った動きをしている。全然動けてない。それを指摘できなければ

監督という呼び名は返上すべきだ。私は自分の意見を言う監督だ
」と・・・・・


私はその言葉にとても衝撃を受け、感動しました。これぞ管理者のあり方だと思いました。


やはりいい床を作るには、嫌われても妥協をせずきちんとした管理をし、時には職人や現場側にも意見


を遠慮なく話せるのが本当の管理
なのではないかとおもいました。

管理者の姿勢①

専門業者の管理とは何をすべきか?


私はそのことについて良く考えます。



一般的に言うと施工、工程、品質、安全、コスト

分けられますが・・・

書面や会議では当たり前のように行われています。


しかし実際現場では書面や会議の通り行われているのか?


管理者の方なら心配ですよね?


今日はうちの失敗例から学びましょう。


かなり前の話ですが、マンションの床コンクリートを施工する際に


上記の管理業務書面


し、番頭さんと打ち合わせをして


現場に向かわせました。


そして数日後、依頼者から連絡があり、話を聞いてみると


床の一部が高くてサッシとの取り合いが合わず一部をハツる


ことになるとのことでした。


番頭さん、職長さん、職人さん、監督さんに話を聞いてみると


言った言わないの話になり、本当に困りました。


どちらが悪いのか私にもわかりませんでしたが、


私が思うには、やった職人よりも私たち管理者の責任が大きいと思いました。


建設現場では設計者の設計図書に基づき工事を請け負った施工者


が施工図を起こし、各専門業者に指示があることから、


明らかに、監督、番頭、職長、そしてそういう甘い環境を作ってしまった大きな責任
あります。


あと、現場側とのコミニケーション、つまり的確な指示が不足し、曖昧なままで工事をすすめていてそ


れを番頭や職長はあいまいなまま部下の職人に指示してしまったのが大きな要因だと思います。

②につづくダウン

涙そうそう。

最近、建設業では決まって音譜


あいさつ代わりといってよいほどえっ


不況をネタにどうしてもネガティブな話にあせる


なってしまいがちです。汗


当社では少しずつよくなりつつありますが、


多くの経営者がとても悩み苦しい時期でもあると思います。



今日は泣けるお話を少し・・・


去る旧正月に靖国神社に行き、


戦争で亡くなった僕のご先祖様に


手を合わせに行きました。



そこで靖国神社の隣に戦争で亡くなった人の



写真や遺書などが展示されていました。



時間があったので中に入り、その遺書などをみてまわりました。



それを一つずつ読んでいくと本当に涙が止まりませんでした。



特別攻撃隊に行く兵士が突撃前夜に書かれた遺書で、




震えた字で、覚えたての字を




一生懸命書いているのがわかりました。



映画「男たちの大和」などを見たことある人は



イメージできると思います。




下に続く






しかもその人たちは10代~20代の若い人たちです。




夢や希望にあふれている時期であっただろうと思います。




そんな中、お国のために命を差し出したのです。





考えられますか?



今ではとても考えられないと思います。




遺書は覚えることができなかったので



ネットから探した本に書かれていた



内容の遺書を引用させていただきます。




息子・娘へ宛てた手紙で、覚えたてのカタカナで書かれています・・・・・



「チチワ、スガタコソミエザルモイツデモオマエタチヲミテイル。

 ヨクオカアサンノイイツケヲマモッテ、オカアサンニシンパイヲカケナイヨウニシナサイ。

 ソシテオオキクナッタレバ、ヂブンノスキナミチニススミ、リッパナニッポンジンニ

 ナルコトデス。

 ヒトノオトウサンヲウラヤンデハイケマセンヨ。「マサノリ」「キヨコ」ノオトウサンハ

 カミサマニナッテ、フタリヲジットミテイマス。フタリナカヨクベンキョウヲシテ、

 オカアサンノシゴトヲテツダイナサイ。オトウサンハ「マサノリ」「キヨコ」ノオウマサンニハ

 ナレマセンケレドモ、フタリナカヨクシナサイヨ。オトウサンハオオキナジュウバクニノッテ、

 テキヲゼンブヤッツケタゲンキナヒトデス。オトウサンニマケナイヒトニナッテ、

 オトウサンノカタキヲウッテクダサイ。マサノリ、キヨコ、フタリヘ、チチヨリ」



とあります。本当に無念としか言いようがなく、どういう気持ちで書いていたかと思うと



またうるうる。



自分が同じ立場ならどう考えていたのだろうか?




などいろいろ考えさせられました。




私たちの今の悩みは日本のために亡くなっていった人達からすると




本当にちっぽけな悩みだと思いませんか?




そう思うとまだまだ気合いが足りないことに気がつきました。




今の日本が幸せなのは彼らのおかげですよね。



明るい将来へ向かって前進しようじゃありませんかみなさん!!!