こだわり~stethoscope~ | Useless Monologue

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小動物獣医師(フリッパー動物病院@神奈川県逗子市)による日々の雑感覚書。

我々臨床家にとって、聴診器というのは大変興味深いアイテムです。

メーカー毎そして種類毎にそれぞれ個性があり、使用する人、使用する対象、使用の仕方によって個性も魅力も使い勝手も大幅に変化します。

そして、それを如何に適切に選択し、最大限にその能力を発揮させるかという点にそれぞれの臨床家のセンスと技術が表れます。まぁ、極めてマニアックな愛すべき道具です。



大学生の頃、「使い慣れた聴診器が一番」と教官がおっしゃっていましたが、残念ながらこれは嘘。正しくは自分に合った良質の聴診器に使い慣れるのが一番です。当たり前ですがね。

学生にはLittmann ClassicⅡを購入させるのに、教官ご自身はWelchAllynの聴診器をお持ちだったことを不思議に思っていたものでしたが、その聴診器の高い能力を通して得られる診断能力をまるでご自身の能力のように見せたかったのでしょうか?それとも貧しい学生を慮ってのことだったのでしょうか?

まぁ、その方は別として、本当に使い慣れれば何でも同じと考える臨床家がいらっしゃるとしたら、それは魅力的な聴診器に出会えていないだけなのではないかと現在の私は思っています。



国内獣医療の現場では未だにLittmannしか使用した事のない獣医師が多いのが現状でしょう(人の医療現場もそれに近いのでしょうか?)。

Litmannは伝統的な膜とベルを備えたチェストピースのものは確かに無難な選択だとは思います。だが、可も無く不可も無いというだけで魅力には欠けます。

好みの問題もあるとは思いますが、suspended diaphragmを採用した製品に至っては極めて使い心地悪しき粗悪品であるとすら思っています。

それがほぼ独占状態になってしまっている現況がとても不思議でなりません。皆が持っている物を佳としてしまう日本らしい現象なんでしょうね。



まぁ、車はトヨタじゃなきゃだめとか、野球は巨人じゃなきゃだめとか、少し前までは自民党を支持していたが最近は専ら民主党に投票しているとか、音楽はカウントダウンtvでランクインしないと聴く気になれないとか思ってしまっている方々以外はLittmann離れをし、聴診器の本当の魅力を探ってみてもよいのではないでしょうか。名器は多々ありますので。



以下に日々の診療で活躍してくれている働き者で愛すべきstethoscopeたちを紹介します。他人にひけらかす程の聴診技術を備えている訳ではございませんが、何かの参考になればと思います。

注)もちろん日本人なので学生時代はLittmannだし、それ以後もLittmannも数本使用してきましたが、何れも既にお役御免となっているので割愛。




1)KENZMEDICO Multiscope No.141
過去にHP、PHILIPSと製造が受け継がれてきたRappaport Sprague型の伝統的聴診器。日本製。
旧来のHP・PHILIPS製品と部品の互換性が完全に維持されている上、ダイアフラムの耐久性もあり、復刻版進化系といえる。


周囲の雑音をしっかり抑えクリアーに高音部を捉えてくれるダイアフラム、うっとりするほど安定した低音域を聴かせてくれるベル、正に芸術的聴診器と呼べる逸品。大量の情報が整理されて入ってくる小気味よさは他の聴診器では経験できない。正直、この聴診器を使用して初めて明確に聴取できたLevineⅠの心雑音もある。


犬猫などの小動物の場合、小児用ダイアフラムでも十分生々しい音響が確保できる。またげっ歯類やセキセイインコなどの小型動物の心音・呼吸音、上手く聴けば腹部のグル音までリアルに聴取可能。


価格はやや高め(実売価格はLittmann Master Cardiologyよりちょいと高いくらい…)だが、音響や使い勝手を考慮するとそれ以上の価値あり。ステレオフォンで有名な国内メーカーKENZMEDICOの実力を見せられた気がする。機会があれば是非一度でもこの聴診器の現す音の世界を体感していただきたい。


今のところ欠点らしい欠点は見あたらないが、大小のダイアフラムに大中小のベルが付属しており自由に交換できるようになっている(ベルをあまり使用しない先生の場合、両面を大小ダイアフラムにすることも可能)ため、調子に乗って交換を楽しんでいると接続部が磨耗するのではないかとの懸念がある。また部品を紛失する可能性も否定できない(涙)。
Rappaport型聴診器は各部品毎の交換ができるという偉大なるメリットがあり、上記欠点を十分補ってくれるのだが、ダイアフラムはそれだけでも結構値が張るのだ…。



2)DRG(Trimline) Puretone Cardiology Ti-Lite
ソフトダイアフラムという特殊性が目立つDRGの聴診器だが、その潜在能力は相当の物といえる。非常に迫力のあるダイナミックなサウンドが聴取可能。音響部分の技術開発にあのBOSE社が携わっているというのもマニア心をくすぐる。


動物を相手に行う聴診において、体表を覆う被毛の影響で密着させて使用すべきダイアフラムが密着させづらいという難点があるが、DRGのソフトダイアフラムは密着性に優れ、それを見事に克服してくれている。
膜の交換が容易で、安価であるため衛生的な状態が保ち易いのも利点だろう。膜がカラーバリエイションに富むのも好ましい(イヤーチップも数色ある)。


通常のCardioの場合、チェストピースの重量が重く、全体重量に比して重い印象を受けるのだが、このTi-Lite versionはチェストピースがチタンで出来ており、麗しいほどに軽い。それでいて音響性能も気になるほど落ちていない点は素晴らしい(ただ、重さが気にならないならステンレスのチェストピースの方が音響が強く聴診しやすい。チタンより4割程安いし)。


短所はダイアフラム面における迫力ある低音が、高音部を若干隠しやすい点なのだが、慣れれば聴き分け可能な範囲だろう。


注)たまたま聴診器販売店さんのご好意で譲っていただく事ができたのですが、残念ながら現在国内ではTi-Liteは正規に販売されていません。



3)DRG Puretone Traditional Infant
同じくDRGの新生児用聴診器。接触面が小さいメリットとその分音が大人しいデメリットがあるが、音のおとなしさは同社のCardiologyと比較した場合のこと。それ自体で考えた場合、小さなチェストピースからは想像できないしっかりした音を聴かせてくれる。本来、ダイアフラム面は高音聴取のために存在するので、音のバランスとしてはこちらの方が良いと思う。


基本性能はLittmann ClassicⅡ新生児用などより大きく優れていると思うのだが、動物においては、Cardioでも述べた通り、ソフトダイアフラムの特性が威力を発揮するためということもあろう。


短所という程ではないが、新生児用のくせに膜のカラーバリエイションが2色(白と青)しかない。交換時のワクワク感が少ない。少なくとも一般用で存在するカラーくらいはあって欲しい。小児科用とか新生児用ならびっくりするようなvividなカラーがあってもよいと思うのだが…。



4)Riester Cardiophon
Riesterはドイツのメーカーなのだが、このCardiophonは実にドイツらしい聴診器で、質実剛健な本体構造と最新の技術が並立している。


特徴は両面に着いた大小のダイアフラムである。ベル面がないのだ。同じような構造の聴診器にLittmannのCardiologyⅢがあるのだが、Riesterの場合Littmannのようにsuspended diaphragm(当てる強さで膜とベルを使い分ける)になっているわけではない。普通に膜として使用することで低音から高音まで広範囲にクリアーに聴取できる構造になっている。

低音が高音を妨げるからダイアフラムとベルを使い分けるという聴診の常識を見事に打破している。最初は信じがたいが、本当に広い音域が再現されてしまうのだがらこれは素直に敬服するしかない。流石ドイツ製。

個人的な見解だが、LittmannのCardiologyⅢより使いやすいと思う(上記の通り、suspended diaphragmが苦手ということもあるが)。
欠点はダイアフラムの周囲のリムが磨耗しやすいことか。まぁ消耗部品と割り切って定期的に交換すれば良いこと。





前回、獣医療にこだわらないような事を書いたくせに、初っ端の記事からいきなり獣医療関連の、しかもマニアックな内容で申し訳ありませんでした音譜