子供が習い事を止めたいと言い出した時、

親はどうするべきか・・・


すんなり受け入れる親と、続けさせる親がいるだろうが、どちらが多い事か・・・


私の親は後者に当たる。

私は小学生の頃は、様々な習い事をしていた。



3歳の頃に通わされていた水泳を始め、ピアノ、柔道、バスケットボール、絵画等、ほんの数回限定の体験教室や、公文式や塾を含めると、多岐にわたる。

しかしどれも続かず、

小学1年生の頃習っていたピアノは、通っていても上達しない所か、全くと言っていいほど覚える事が出来なかった為、1年程で止めた。これについては私の母も、私の覚えが悪いのは解っていたのか、特に何も言われずに止める事になった。


柔道は、ケンカに強くなりたくて、私を苛めていた苛めっ子をぶちのめす目的で始めたが、

皮肉にも、道場での苛めが原因で、2年程で止めてしまった。

口も腕も達者な女子からの苛めと、師範の対処が最悪だった為だが、

私が止めると言い出した時、母は、「あんたがやりたいって言ったんだよ?」と怒り出し、止めるか止めないかで長い事揉めた事を覚えている。


バスケットボールは、親友から誘われた事と、

母も学生時代はバスケ好きだった事から勧められ、始めたが、練習に耐えられなくなり、1年で嫌になり止めた。


最後まで続けたのは、公文式ぐらいであるが、年下の子供からも馬鹿にされて育った私は、公文でも苛めを受け、さらに最も私を苛めていた同級生もいた事から、何度も止めたいと言ったが、結局勉強の為に中学2年まで6年程度通い続けた。

しかし、母からは、「悪口言われただけで公文やめるなんて馬鹿みだいだよ?」と叱られたが、


今思えば、私はこう反論すべきだった。


苛めが原因で何度も職場を転々とした母に、そんな事を言える資格があるのか?

私にとって、ストレスの原因であったのは解っていたはずだ。

今となっては続けて良かったと思ってはいるが、母から言われた事は、今でも許せていない。


柔道に関しても、やりたいと言ったのは自分なんだから、止めるも止めないも、自分の自由であるはずだ。

苛められるし師範も嫌いになった事を何度も伝えたはず、これ以上続けてもストレスが膨らむだけなのを、何故母は解ってくれなかったのか・・・


とにかく私は、自分が父親になったとして、子供が習い事を止めたいと言い出した場合は、すんなり子供の意思を尊重すべきだと考える派だ。

先述の通り、習い事を止めるか止めないかは本人の自由であるはずなのに、それを強制する権利など、この世に存在するはずがない


子供が苛められて嫌になったと言い出した時は、子供にストレスを与えないためにすぐ止めさせる、もしくは習い事の講師等にクレームをつけるのが、親の勤めであるべきでないだろうか


仮面ライダーファイズ

前の記事でも述べたように、当時あまりハマらなかった私は、

今になって不思議とハマってしまった。



全て見終わったが、



私が第1話から見返してみて、好きになったキャラクターは、長田結花・クレインオルフェノクだ。

不幸な家庭環境に育ち、周囲からのイジメを受け、不慮の事故で命を落とした後、オルフェノクに覚醒した美少女である。





何故好きになれたのか、恐らく、

私自身も、辛い環境で育った経験故に、彼女の気持ちが解るからも知れない。

ファイズという作品は、オルフェノク(怪人)側のストーリーをも深く描いている事から、長田結花はもう一人のヒロインとも言える存在である。





人に対する憎しみを心の底に持ちながら、主人公・乾巧とその仲間との出会いにより、人を愛する優しい女性へと、変わっていくのだった。

終盤で、結花に片想いしていた主人公の仲間・菊池啓太郎が、絶望していた彼女を支え、愛を伝え、抱き合うシーンに、私は思わず涙してしまった。




私は当時、ヒーロー物としては難しすぎるシリアスドラマだと思いながら、中盤から終盤にかけてはリアルタイムで時々、視聴していたため、結末は覚えていた。そんな結末を知っていた私は、こんなに可愛い少女が、不幸からやっと幸せを掴んだ少女が、終盤で散華してしまうのを、こんな可哀想な事があっていいのかと、悲しく思いながら、見返していた。





だが、実際に終盤を見返してみると、彼女の散華によって、もう一人の主人公、木場勇治・ホースオルフェノクが豹変し、ドラマは衝撃のラストスパートへと向かっていくのであるため、結花の散華無くして、ドラマは成り立たないと、理解出来た。

こういう意味では、脚本を担当した井上敏樹は、やはり鬼才であると言えよう。





木場勇治は、彼女をやったのは警察だと思い込み、人類を滅ぼす事に考えを改め、影山冴子・ロブスターオルフェノクが致命傷を負わせた犯人だと知らぬままで、物語は幕を閉じたが、

警察の実験と、襲撃が原因で、結花は能力を失ったと同時に重傷を負ったのであるから、事実上、警察内の研究者・南雅彦が、結花を死においやった張本人であると、私は認識している。





結花自身は、気が弱い少女であるが、クレインオルフェノクとしては、恐らくロブスターオルフェノク以上に強い必殺技を持っていた。実際に彼女が能力を失っていなかったら、冴子を返り討ちに出来ていただろう。




誰も結花をやったのが冴子と知る事は無く、冴子はオルフェノクの王により不死身の体を得て生き残り、かたきを取られる事は無かったのが少し納得出来ないが、

不死身になった代償として、人間の姿に戻れなくなったのなら、事実上、生き残ったのはロブスターオルフェノクであって、影山冴子は死んだと言えよう。





オルフェノクは、一度死んだ人間が生き返り進化した姿。つまり、人間の姿を維持していてこそ生命を得ている証拠。

オルフェノクが不死身になるという事は、人間の部分を取り除き完全に怪人化するのを意味する事から、結局、その存在は完全に失われた事と同じだ。





私がファイズを見返してみようと思った理由に、キャストの1人、中康次氏がある。

そう、五星戦隊ダイレンジャーの司令官的役割、道士・嘉挧である。

ダイレンジャー当時はまだ黒髪であり、口髭が特徴であったため、10年前に視聴した時は道士・嘉挧であると気付かなかった。

しかし、同じくバンダナを巻いており、登場人物に慕われる父親の様な役割であり、最終回前に散華する共通点等から、やはり道士・嘉挧をイメージしたキャラクターであったのかも知れない。




是非、子供の頃はあまりハマらなかったドラマ等、貴方も大人になってから、見返してみてはいかがであろうか。



















子供の頃見たヒーロー物でも、当時はあまりハマらなかったが、

大人になってから懐かしくなり何となく見返してみると、

何て面白いんだと、思い直す事がある。



私が最近そう思った作品が2つ。


1つは、鳥人戦隊ジェットマンだ。


私が1歳の頃放送されていたもので、私はツタヤのレンタルビデオ(当時はビデオテープ)で視聴していたが、何故か、ダイレンジャーやカクレンジャーの様にはハマらなかった。


今思えば、ジェットマンは大人向けと言えば大人向けだったのかも知れない。

子供の頃の私は、ヒーロー物のドラマパート等どうでもよく、戦闘シーンしか興味が無かったのを思い出した。

当時あまり好きになれなかった理由として、ブラックコンドル・結城凱がある。

戦士になる事を拒み続け、戦線離脱する事も多く、さらにはレッドホークと恋敵になり殴り合う事も多いキャラクターであったが、当時の私には、

これがイヤな奴に見えたのか、ドラマを重苦しいムードにしている印象があった。


実は当時、数ある戦隊の中でも類を見ないキャラクターとして絶大な人気を誇っていたことを、私は知らなかった。

大人になってから見返してみると、何てニヒルかつユニークなヒーローなんだと、この男無しではジェットマンは成り立たない事に気づいたと同時に、トレンディドラマ仕立てのジェットマンの魅力に、すっかり取り憑かれた。



2つ目は、仮面ライダーファイズ。

これは私が中学1年生の頃だが、ファイズ以前に、平成ライダーそのものが、子供向けではない印象がある。

平成ライダーが始まる前に、今もそうだが昭和ライダーの大ファンであった私には、やはり改造人間が敵組織と戦うイメージが強く、シリアスドラマが続いている事に違和感を覚えていた。

ファイズの前作、龍騎で、私はほぼ平成ライダーを視聴する気が薄れてしまっていた為、

どうせまたシリアスドラマであろうと、

時々、日曜の朝に早起き出来たら軽く見るという程度だった。


実際に見てみると、主人公以外に複数の人物も主役ライダーに変身、さらには敵怪人までもがファイズに変身してしまうという展開を受け入れる事が出来なかった。


序盤から中盤はほとんど見ていなかったが、今更ながら動画で見てみると、怪人側のストーリーが深く、主人公の味方である怪人が、物語の展開上ですれ違いにより、時には味方、時には敵という、異常に複雑な設定だった。

平成ライダーの中でも特に複雑かつシリアスドラマであるが、大人になった今では、

私は昭和とは違った魅力と、複雑なストーリーを受け入れる事も出来るようになった。


かと言って20代になった今から平成ライダーにハマるわけではないが、ファイズは、人間味あふれる怪人のドラマをも描いた、非常に感動的なものである事に気付いた。




とにかくこの2つは、今では不思議なくらい、何でもっと早く好きにならなかったんだと、言いたいくらいだ。