悪意のない人間はいない。善意しかない人間もいない。拡大公開の映画は、劇場に行くことが非日常的であるかに思わせる観客が多いように思え、ジュースやポップコーンなど売店でしこたま買って劇中も音を立ててそれらをむさぼり、また途中で席を立ったり携帯電話の液晶を光らせる輩も複数いて、僕は悪意をばら撒きたくなって観賞後は眼光鋭く与太歩きで無差別に威圧する。
黒い、スパイダーマンスーツを身にまとうようになってからのピーター・パーカーの所業が痛快だった。憶測だがサム・ライミはスパイダーマン、ピーターの人間味をフィーチャーして作品に取り組んだのではないかと察し、本作はそれが如実に現れていると感じた。悪意がないと共感しづらい。
親友だったハリーはスパイダーマンを親の敵とみなし、ニュー・ゴブリンとして立ちはだかる。ピーターの伯父ベンの殺害容疑がかけられているマルコは脱獄して逃亡中にサンドマンとなり、病気の娘の治療費を得るために強盗を繰り返す。カメラマンのエディはダークサイドのピーターに恥をかかされ、職を失い、募った恨みからヴェノムに変身して復讐を誓う。敵視にも理由があるためそれぞれに移入する。嫉妬心が強く、嫌な女丸出しのMJもまた愛おしい。前2作をまとめる集大成的な位置づけゆえ、盛り込みすぎて散漫になった嫌いは否めないが、それは些細なこととしよう。
川でバーベキューをやるつもりがあいにくの天気で今日の一期JAMはスタジオでの練習のみになった。ジャンベをはじめてからというもの、空模様に気をとられている。防水のジャンベケースをどうにかして安価で手に入れたい。皮の張替えもしたいがそれができないのはヒロシがヒロシでなくなることに寂しさを覚えるのに加えて経済的に厳しいという理由もある。今まで相場も知らなかったが、今日借りた吉祥寺のスタジオは普段ワークショップで使用している渋谷のそれより2割5分安い。しかも新しい。探せば良いところはまだありそうだ。金のことばかり。余裕のなさがうかがえる。
今日はダビに対して生徒二人だけで個人レッスンに近い。さぼる暇がなく、いつにも増して疲れた。途中、無心で叩いている自分がいて体で覚えていることを実感した。子曰く手にも目がある。
ジャンサの始まりの歌とブレイクを身につけた。気持ち良さそうにやることがコツ。スティービー・ワンダーばりに首を振る。1stと2ndの入りが違っていて難しい。空の拍を合わせるように試行錯誤を重ねた。おそらく下記のような要領か。
1st“高低中中高高○高高○中中高○低○”
2nd“○○中中高○○高高○中中高○○高”
5連敗で貯金をはたく。それはまだいい。始まったばかりだ。山本昌が2勝目をあげられなかったことが残念である。試合が少ない時なら傷も浅いのに、投打がかみ合わない状態でゴールデンウィークを迎えて9連戦。川上の離脱が痛い。井端のコンディションも悪いようだが、そろそろ打順も固定したい。
巨人戦以外なら大抵ケーブルテレビで放送される。巨人主催ゲームならG+がある。僕のテレビ環境では中日主催の巨人戦がテレビ的に最悪である。しかも民放はスポーツを冒涜しているとしか思えない演出と解説者でたとえ勝っていたとしても腹立たしかっただろう。今に始まったことではないが、久しぶりのフジテレビは酷くて糞っぷりを再認識した。
鉛筆を使うようになった。シャープペンシルは全て譲った。若干の弾力がある書き具合が良い。それに伴って、ナイフで鉛筆を削るようになった。これが難しい。僕が削ると、むき出しになった木の部分から鉛の先までが極端に短くなる。人間の、首が埋まった状態に似ている。シュッとしていない。首を長くさせようとすると、刃が木に深く入ってえぐる形になってしまう。ますます不格好になる。しかしそれもまた武骨で自分らしいというポジティブ・シンキング。



