終わってみれば中日完勝。9回の立浪通産歴代二塁打タイ記録となるタイムリーが出るまでは冷や汗ものの展開だった。ウッズとドミンゴが帰ってきて、これで整えられれば文句はない。ドミンゴの投球内容は相も変わらず。よほど中日らしからぬカラーの選手ではあるが、型にはまればそう打たれない。これで投手陣は再編成のようである。落合が中継ぎへ、中田が先発に戻る可能性もある。

落合英二。安心させないピッチングが続く。本人としても起用法で納得できないところもあるだろう。こう、思いつめたような面持ち。自慢の中継ぎ陣は揃いも揃って不調であるので、落合加入が建て直しの起爆剤になることを願う。

荒木が一人蚊帳の外で6タコだったが、他のスタメンは9回に全員で帳尻。不調に喘いでいたアレックスや立浪もこれで調子を戻してくれれば良いのだが。こと中日に関するとネガティブになってしまう。5月はこれ以上借金を作らないこと。

眼科へ。高校在学時分に体育の授業でバトミントンのシャトルが目に当たり、医者に「後々緑内障か白内障になるだろう」と言われていた。加えてブンレツグランマの緑内障による失明 、ブンレツさんもその気がある。僕にも受け継がれている可能性は高い。検査を行った。瞳孔を開きっぱなしにする薬を点眼され、全てがぼやける。決まりきったように普段健康であることのありがたみを実感する。

タワレコのコピー「NO MUSIC,NO LIFE」が頭をよぎった。あれは、なんて、聴覚のハンディキャッパーを逆なでしているのだろうと、浅はかに考えた。今それがあるからこそ、失うことの怖さに怯える。ある者がとやかく言ったところで分からない。「分かる」なんて言えない。その浅はかさが最もいけない。

デーモンのお遊び、色物かと思われたが、そのクロスオーヴァーは伊達ではない覆面の下。まさか2作目が出るとは露にも思わなかった。前作に収録されていた「Clint Eastwood」に引き続き、先行EPには「Bill Murray」本作にはイーストウッドの代表作「DIRTY HARRY」が曲タイトルにある。そうすると次回作には「GHOSTBUSTERS」さらには「Sean Penn」または「Tom Cruise」あたりが来そう。

特典にステッカーがあったはずだが、購入した代物にはなぜか封入されていない。貼るつもりもなかったが、損した気分になる。かといって苦情を垂れて返品交換するのも大人気ない。

アーティスト: Gorillaz
タイトル: Demon Days


5月15日
訪問者数:145人
総合:925位
ジャンル:138位
現在停止中だが、こちらのブログ でアメーバブログが昨年の9月16日から始動したことを知った。9月29日に始まったこのブログはかなりの古株になる。当時のアメブロ開設数は4477。現在が232,702で、50倍近く膨れ上がっている。そういう数字が確認できて面白い。果たしてアクティブユーザーはどんなものだろう。仮に2割だとすると40,000人。それなら大手のlivedoorやgooなら100,000人前後か。ブログ人口が気にかかる。どうするわけでもないのだが。


5月14日
訪問者数:160人
総合:926位
ジャンル:136位

眠り姫 山本直樹の短編集「夢で逢いましょう」に「のんきな姉さん」と「眠り姫」が収録されている。そのまま七里圭監督の長編処女作と2作目。山本氏も本作を絶賛したらしい。音楽はライブ演奏という異才っぷりを発揮して2日間だけの特別上映だった。

スクリーンの前に楽譜と椅子が置かれている。暗幕後に風景画が映し出されると、指揮者と演奏者が四方から集まってきた。ここから演出は始まっているようだ。十数名からなる楽団の荘厳なライブが映像を彩る。

非常勤女教師の青地は眠くてたまらない。長く付き合っている恋人とは腐れ縁で結婚を考えている。学校で同僚の面長な野口もまた眠れず、睡眠薬を服用している。長さをデフォルメした野口の似顔絵を描き、それを本人にファックスを送る青地。絵の周りには。“長”の文字を多用したメッセージが連ねてある。ファックス機から徐々に長い似顔絵が出てくる様子がさらにそれを引き立てた。妄想に支配されがちな青地に空虚感が襲う。人物はほとんど出てこない。声が聞こえるだけである。否が応でも想像力。例えば電車に乗っている時は、本人の視点から移りゆく景色を眺める。例えばレストランで食事をしている時は、作為的に人間の存在を削除する。例えばセックスをしている時は、灰皿のタバコの煙で状態を暗示する。自然と、人間を映す必要をなくしていた。

セリフは原作コミックにかなり忠実だった。そのコミックも内田百閒の「山高帽子」が元となっており、それとはだいぶ趣が変わったようであるが、随所にそれらしい言葉が感じられた。「一つの思い込みを捨てて開放されても、結局思い込みから開放されたというのもまた一つの思い込みで、また別の思い込みにはまる」尽きることはない。

制作者が学友で、彼とはたまに連絡をとっていたのだが、彼が招待した友人たちとは10年ぶりに遭遇した。予期せぬ再会で驚く。皆、面影は残すも、髪が薄くなっていたり額が広くなっていたり。

三宿浴場 三宿浴場 三宿1-10-25

軟水が売りであるここは確かに水が柔らかい。但し書きには軟水とLFシャワーの効用が記されている。湯冷めがしにくいようだ。後は忘れた。LFシャワーとは4つのセラミックスを通すことでシャンプーの量が少なく済み、軟水との相乗効果でふけやかゆみを抑えるらしい。よく分からないが膝を打つ。新しめのカランからでるその湯をありがたく浴びる。

浴槽はバイブラ、座風呂、電気、低温の4つ。電気風呂はスルーするとして、低温湯はレアである。大衆浴場では他人の洗いっぷりを見るのも良い。低温湯に浸かりながら、鏡越しに中年男性の髭の剃り方を見学した。早いストロークで同じ箇所を何度も剃っている。そんなに繰り返して意味があるのだろうか。手首の返しが絶妙である。口髭を蓄えた男は手に文庫本を持っていた。湯船で読書にふけっている。僕が低温湯から出るとそこに移り、長いことそこから出なかった。水面ぎりぎりで本を保っている。

風呂からあがると軟水のおかげで肌がツルツルだ。ロビーでジュースを買い、椅子に腰掛けると急に眠くなった。このまま寝たらさぞかし夢心地だろう。怒られそうなので目は閉じない。

インボイス 交流戦カード1巡するまでは1勝2敗ペース。日本シリーズで戦って、ある程度知ってなおかつリベンジすべく西武戦のみ2勝1敗。そんな目論見を立てていた。それなら18戦7勝11敗で首位を維持できる。しかし昨日までで西武に2連敗。見事に期待を裏切られたが、今日こそは勝てるだろうと、インボイスドームに単身乗り込んだ。

西武池袋線乗車中にデジカメと選手名鑑を忘れたことに気づき、球場入りの前からテンションが下がった。さらにダフ屋でチケットを購入する予定が、警官が数名うろついて取締りをしている。正規で買うのもばからしいと思いつつチケット売り場の前に立っていると、人ごみの中にダフ屋然とした男性が何人か紛れていることが分かった。白いジャージの上下の50代らしき男が一人。こちらも向こうも顔色をうかがっている。どちらともなく近寄り「チケットないの?」と小声で話しかけてきた。「ない」「トイレ行って」「どこ?」「右」僕から向かって右手にトイレを見つけた。そこで一服しているとさっきの男が入ってきた。連れ小便のふりをする。「どっち?」「3塁側」まるで刑事ドラマである。チケットと紙幣を交換したとかしないとか。「俺いつもあの辺にいるからさ。次も声かけてよ」と彼は力なく笑う。この稼業も厳しそうだ。「ありがとう。お先です」と会釈して僕はトイレを後にした。内野指定席が格安である。1000円したとかしないとか。

中日の先発が落合英二、西武は大沼で幕を開けた。大沼は楽天・岩隈のようなピッチング・フォームだと初めて知った。落合は初回こそ良かったものの、2回以降は下位打線につかまる始末。ゲームを作れなかった。後を継いだ中田も結果は無失点だが、先頭打者を出す苦しい内容で厳しい。3番手投手の川岸だけが良かった。井端は今日が誕生日のようで打席に立った時に「Happy Birthday」が流れた。中日打線は打線がいまいち繋がらず、西武投手陣を打ち崩せない。去年の日本シリーズ対決とは思えない寒い試合だった。西武の守護神・豊田の“儀式”を生で見れたことが唯一の収穫。結局3タテを喰らう。

もう途中から諦めていた。1点差ゲームだが勝てる気がしなかった。後半から八重歯のかわいい売り子ばかり見る。彼女を狙い打ち、彼女からしかビールを買わない。酒の肴は八重歯とホットパンツ。ビールを飲む、寒くなる、汁物を食べる、味が濃くて喉が渇く、彼女が通る、ビールを頼む。「八重歯がかわいいね」と助平面で言うととびきりの笑顔を見せてくれた。次は名前を聞こうと企んでいたが、それを最後に姿を見なかった。得てしてこんなものである。

髪を切った。御用達のそこは女性スタッフ一人できりもりしている。店内に二人きり、パトリス・ルコント「髪結いの亭主」が頭をよぎる。さしずめ僕はかのダメ亭主。彼女のアフロは天然パーマで、子供の頃は大層コンプレックスだったそう。それから髪に対する思い入れが強くなり今に至る。劣等感は払拭し、様々なヘアスタイルをその日の気分で楽しんでいる。

僕は造園業をしていたことがある。当時思っていたのは、美容師または理容師と庭師は似ているということ。ハサミを扱い、見栄えをよくする点で同じである。衣服に絡む無数の髪の毛はいわば葉渋や泥。

美容師または理容師は散髪やマッサージのフィジカルだけでなく、メンタル面でも退屈させないように話を合わせよいしょする。客を気持ちよくさせるリラクゼーションという点で水商売にも通ずる。接待を受けてα波を分泌させる。

仮説を繋げると僕はホストに準じていたことになるのか。そう考えるのも悪くない。

再生の物語は数あれど、アキ・カウリスマキ作品は他と一線を画す。舞台はフィンランドのヘルシンキ。そこに流れ着いた一人の男が暴漢に襲われる。頭を打たれた彼は記憶喪失になった。道で倒れていたところを慈悲深い近所の住民に助けられ、徐々に生きる術を身につけていく。そんな中で彼は救世軍のハイミス、イルマに恋をする。記憶がなくなっても女性の口説き方は身についていた。生きる希望を見出し、彼は行動的かつ能動的になる。

彼らは笑わない。多くを語らない。それでもコミュニケーションが取れ、信頼関係を築ける。真顔で見つめあい、ただ頷く。硬い握手を交わした後、互いに背を向けてそれぞれの行く道へ進む。貧しさや冬の厳しさ。武骨な彼らは日本・東北地方の人間を彷彿させる。北の気質をまざまざと見せつけられた。食堂車での演歌と日本酒の違和感がないこと。

生活の厳しさは、神を肯定しつつ神にすがらない。「礼は俺が死んだときに情けを」なんてクールにも程がある。徹底したリアリズムが対話で顕著に表れる。その対話のシーンは日本が誇る巨匠の作品で見たような切り替えしショットで親近感を覚えた。

身元が分かった男は一旦地元へ帰り、そしてヘルシンキに戻ってきた。幕切れでイルマと二人、去っていく。そして二人がまたいだ線路を汽車が走る。映画そのものへのオマージュ。

先日のびあんち号メンテナンス中 に待っている間、近辺をぶらついていた。そこ中目黒はヤングに人気らしい。そんな感じの店でTシャツを購入した。裾から脇まで入ったエスニック調のラインが白地に映えていかす。今日、初めて着たのだが、綿100%というのがどうも嘘くさい。自転車で数キロ進んだだけで小さな虫が10余匹も引っ付いた。まるで斑点模様だ。シミにならぬよう、ちまちまと1匹ずつ摘み潰す。青信号を2度やり過ごした。

虫の大量殺戮。これは動物愛護団体に怒られるだろうか。というよりも彼らはどこまでを愛護しているのだろう。ある程度の大きさ、外見がかわいいもの、希少なもの。この辺りかと思われる。それらに当てはまらない雑多な虫なら咎められまい。害がある場合、敵意を向けられた場合、僕は人間以外の動物なら躊躇なく殺せる。自分より小さいものに限るが。