最近になって焼き上がりの時間が把握できるようになった。午前中はアップルパイと惣菜パン、午後になって食パンとバケット、コロネにアンパン、夕方にもう一度食パンとラスクが置かれる。今日は運良く食パンの他に数点購入できた。「これからは電話をしてくれれば取り置きしておくよ」と言われる。贔屓されて僕は満足げである。
5月27日
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総合:963位
ジャンル:152位
友人とYo La Tengoのライブに行った。アイラとジョージアの夫婦に、巨漢ダンプの3ピースはビジュアル系と対極にある。決しておしゃれ風ではない着込んだTシャツにジーンズと飾らない。どんなにフィードバックをかましてもモッシュもダイブもない。
アメリカ映画界の次代を担うウェス・アンダーソン監督にビル・マーレイ、ウィレム・デフォー。男心をくすぐるミニチュア構造と、目を引くカラーコーディネーションに釣られた。
スティーヴ・ジズーは水中ドキュメンタリー監督兼海洋探検家として過去に名を馳せたが、現在は映画作品の評判が芳しくなく、スポンサーや資金繰りに苦労している。右腕だったエステバンがジャガーザメに食われ新作も散々で落ち込む中、昔の恋人の子供と名乗るネッドが彼の前に現れた。エステバンの復讐を誓い、ネッドをチームの一員に加えて彼の探査船ベラフォンテ号は船出をした。
チーム・ジズーは黒人、イスラム系、日系と民族性に富んでいる。姓名を見てみると白人でもドイツ系だったりロシア系だったりまさに他民族な家族である。家族意識が強い彼の住む家であるベラフォンテ号は断面図で細部にまで作られている。劇中映画で製作模様を描き、セットを内密に再現する点で、よくフェデリコ・フェリーニの「8 1/2」と並び称しており、ウェス・アンダーソン自身もフェリーニを意識したことを公言していた。イタリアの撮影所で作られた工房作品らしく、徹底している。
イエローサブマリンに赤いニット帽、空色のユニフォームと極彩のカラーが際立つ。登場する海の生物は想像上のもので、これも実にカラフルである。その色彩といったら何から何まであまりに嘘くさく、フィクションを前面に出している。それでもキャラクターを掘り下げて、暖かい人間ドラマとして奥も深い。
デビッド・ボウイの歌を、黒人がポルトガル語でボサノバ調に歌う。異色の組み合わせも違和感がない。チーム・ジズーの一員として出演もした歌手のセウ・ジョルジが、叙情満ち満ちて引き語った。
天狗湯 世田谷1-16-20
場所柄か若者が目立つ。僕は利用者の平均年齢を上回っているようだ。若輩者が長髪をかき上げて髭を剃っている。濡らしてオールバックにすれば邪魔にならないのにと、鏡越しに彼を憂いた。カランの並びが壁際の他に2列あり、後ろが近い。
今日は天草の湯で、紫色だった。浴槽は2つ、「ぬるめ」と書かれた広いそれと、「あつめ」と書かれた底が深いそれに仕切られている。入ってみるとさほど温度差はなく、むしろぬるめとあつめは逆ではないかと感じる。実際はあつめの「ぬるめ」湯にはジェットとバイブラ、堪能したくてもあつめだけにそうもできない。ぬるめの「あつめ」湯で半身浴する。シャワーが四隅にあり、そこで火照った体に水を浴びせた。睾丸袋がこれ以上は無理というほどに縮む。植物の開花模様などを何十倍ものスピードで早回す映像のごとく、一気に縮む。
服を着て、いつものようにコーヒー牛乳で一服する。置かれてあるスポーツ新聞は、中日の調子が悪すぎるので読む気がしない。マッサージチェアは1回20円である。どれくらいの時間を揉んでくれるのかは分からなかったが、小銭を切らせていなければやりたいところだった。
哲郎とアキは同棲している。哲郎には別居中の妻と息子の俊介がいるが、妻の交通事故で俊介を引き取ることになった。アキに相談せず、家に連れてくる。一ヶ月の3人による共同生活が始まる。
映画とは娯楽である。諏訪敦彦監督作品は「2/デュオ」に続いて2作目だったが、どちらも不快だった。不快の原因は2作品とも男の身勝手さにある。それは共感を得てしまう。諏訪監督は主要登場人物の2人とディスカッションをしてから作品に臨む。キャストとの共同作業で脚本ができ上がるため、心理描写にリアリティがある。
アキと俊介は表面上うまく生活をしているが、アキは徐々にストレスを溜め、沸点に到達する。「申し訳ない」「負担をかけない」と言いつつも息子を任す哲郎に、俊介がいる前でヒステリーを起こした。そんな彼女に対して「もう何もしなくていいから」と言う。また、俊介が何も言わずに家を出て、夜通し探した挙句に妻の家で見つけた時も「今晩ここで寝かしてやりたいんだけど、いいかな」と彼女に電話する。上っ面だけの優しさが見え隠れしていた。一ヶ月経てば元通りになると考えている哲郎は男の原理を象徴している。不安を感じたアキが一人で暮らすための新居を探しているのに気づき、彼のずれた人間性が表に出る。男が醸すそのずれは至極一般論ととれた。
暗い画面を人間が行き来する。絞りを調節して操っている。その暗さが根源であり、時折見せる明るみはあくまで嘘なのだ。浜辺へキャンプに出かけ、笑顔を見せるアキ。最初は明るいが、徐々に絞りを狭めた。
Primal Scream「Screamadelica」、My Bloody Valentine「Loveless」、Massive Attack「Blue Line」さらにはRed Hot Chilli Peppers「Blood Sugar Magik」
と1991年はロック・シーンにとってエポック・メイキングなアルバムが並ぶ。そしてその筆頭はNirvana「Nevermind」だろう。カート・コバーンの最期を描いた映画が完成したが、元メンバーのデイヴ・グロールは「辛すぎて見るつもりはない」という。アメリカ議会図書館に収蔵されることも、本人たちはどう捉えているのだろう。
先日、本作の製作過程を映したドキュメンタリー映像がDVD化され、大手レコードショップで流れていた。女子高生がそれを食い入るように見ている。グランジ精神は脈々と受け継がれる。僕はネルシャツを愛着する。
先週の西武インボイスドーム
に続いて今季二度目の球場観戦は、友人2人を道連れに千葉までくんだりマリンスタジアム。海浜幕張駅でマリーンズ・バレンタイン監督の挑発広告が中日ファンを迎えてくれる。
ロッテの先発渡辺俊介はローテーションから容易に予想ができた。好調のサブマリンに対する中日は谷間の先発で苦戦は必至である。新人の中田が中継ぎから再度先発挑戦権を得て、なんとか投手戦に持ち込めればいちるの望み、などは初回で潰えた。トップバッターの西岡がエラーで出塁、その後は中田が連打に次ぐ連打を浴びる。4点取られた時点で今日の野球は終了した。
2回以降の僕の視線はグラウンド1に対して売り子2の比率だった。まずは売り子たちを一通り見定める。そして一人に的を絞る。現代的で均整のとれた彼女をオーバーアクションで呼び寄せる。挨拶代わりのジャブ、勢いに任せたジョーク、笑顔を褒め称え、存在をアピール、今日は名前を聞くまでに至った。どんなに腹が膨れても、たとえ浜風が強くとも、彼女が通れば僕はビールを頼み続ける。
気づけば大差で負けている。中田と同じくルーキーの鈴木も打ち込まれた。酔いも手伝ってどうでもよい。最後の福留の花火は訪れたファンへのせめてもの供養である。野球に関してはロッテの良いところしか見てない。スタメンの日本人野手は揃って高卒で、育成が実っている。3戦ともフランコと李を止めることができなかった。
連れた友人の一人はメジャーフリークおよびイチローファン、一人は巨人ファンおよび春日部共栄出身。野郎3人観戦を満喫できたが、次は中日戦以外に限る。
「下妻物語」の監督・中島哲也プロデュースによる3話オムニバス。友人が端役で出演しており、勧められていた。モデルの浅見れいな主演で、彼女が3作それぞれ違うヘアスタイルで3役に挑んでいる。皆、新人監督で、浅見れいなの描き方は全く異なっていた。
トップの「おさげの本棚」は古本屋を営む女と、そこに通いつめる苦学生の物語。彼女に恋焦がれる男から見た浅見を映し出していた。愛される眼差しは、その対象を美しくとらえる。鹿夫の語りは詩的である。時代設定は定かでないが、昭和の香りが漂う。
「アフロアメリカン」ではアフロヘアに扮している。キッチュでチープな映像で、料理を通じた愛を綴る。英語と日本語が入り混じり、字幕も表示される。聞き取れるセリフに、それとニュアンスの違う字幕。耳と目による言語伝達のズレが生じる機会は稀である。
ラストは「マッシュルーム」。マッシュルーム・カットと、恋愛(Mash)の部屋(Room)をかけたのか。高校時代にいじめに遭った少女が、その高校でアイドル的存在の先輩で今は記憶喪失になっていた男に再会し、彼に恋人同士だったと嘘をつく。消したい過去と消えた過去を紡いだ。
“もし生まれ変わるとしたら別の自分になりたい。別々の3人の女の子の憧れが実は一人の女の子の心中のように展開する”というコンセプトのようだったが、作品に統一感はなく、ただ主演が同じというキャスティングだけが残った。それでも浅見れいなの魅力を引き出したのだから結果オーライではないだろうか。事前情報がなかったら同一人物だと気づかないほどに、ヘアスタイルだけでなく表情を使い分けていた。