円泉寺 しこたま買い物をして持てなくなったブンレツさんはスーパーから僕に電話をした。荷物係として働けば、帰りしなに甘味処であんみつをおごってくれるという。以前、気分転換に通った裏道で発見したらしい。

その通り1本外れた道は、天気も手伝ってさわやかだった。車の往来は格段に少ない。木々の樹齢は長くうっそうとして「スピスピスピ」と鳥のさえずりが聞こえる。所狭しと植物を置く、蔦が絡まる古い家屋があった。太陽を多く取り込む造りに改造して、主人自慢の家庭菜園は見事だった。

その家を通り過ぎて程なく、甘味処に入った。猫がいる。ブンレツさんは動物全般が嫌いである。一瞬、顔をしかめたのを僕は見逃さなかった。その猫は飼い馴らされて、ブンレツさんをお構いなしに寄ってくる。僕の隣のイスに座って、僕の手に頭をゴツゴツと当てた。ねだっているようだ。頭を撫でると目を細めていた。撫でることに飽きて、耳や尻尾にちょっかいを出すと、猫の体は臨戦態勢に入り、ガリッと爪を立ててガブッと拳を噛んだ。

そこを後にして近くの円泉寺へ。聖徳太子がまつられている。卒塔婆を見比べて、ブンレツさんに墓場の趣 を説きながら家路に着いた。

電車の座席は大体が埋まり、前に一人の男性が立っていた。ポケットからゴミを出し、それが僕のひざの上に落ちる。舌打ちをしてそのゴミ、レシートのようなものが丸まった紙切れを払いのけた。「すみません、すみません」と何度も頭を下げて、彼はその紙切れを拾ってポケットに入れた。別に戻さなくても。

その男が下車した後、僕はそれほどまでに不快感を露にしていたのかと少し反省した。車内にゴミを捨てたことに腹を立てたのではなく、ゴミを自分の上に乗っけたこと、大したことではない自分への実害のみに対する舌打ちだった。数駅が過ぎたところで老婆が乗り込んで、彼女に席を譲る。僕の中でチャラになった。

核弾頭から主砲までが不調だったが、間の井端と福留が復調の兆しを見せる。残る荒木とウッズが本来の状態に戻れば問題ない。連夜の逆転劇、差し馬健在で10試合を6勝3敗1分け、バカ勝ち中の巨人がその先にいるが、スタートダッシュに成功した。

阪神の調子も悪くなく、雨で1試合が流れてこの2連戦は1勝1敗で御の字だと思っていた。しかし初戦は中田・石井の2年目コンビによる好セットアップ、今日は川上の粘投で着火しにくい貧打線に火がついた。中日ファンにはビールが進む試合展開だった。アレックスの具合が恐ろしい。あの低目をすくい上げて、ボールがバットに吸いつかれるようだった。連日で「You Know」が聞けるかと思ったが、ヒーローインタビューは谷繁に譲った。

日の出湯 日の出湯 調布市緑ケ丘1-10-7

歴史の長そうな銭湯は造りがどれも似ている。そして同じ絵のポスターを見る。銭湯のポスターなのに前面で女性が泳いでいて、その後ろにいる別の女性が裸で歯を磨いている。窓の外には滝があり、忍者らしき人物がそこで戦っている。丘の上にはライオンがいる。このシュールな絵は誰が書いたのだろうとサインを見た。Tadanori Yokoo。有名人だった。

浴槽の脇に小さな窓がある。鉄格子の奥に鉱石が見える。ラジウムの効能が湯船に広がる。頭を格子につけて、鉱石の下から湧き出る湯の音が近い。目をつぶると、ここではないどこかにいるようだった。それがどこなのか、僕がどういうシチュエーションを想像していたのかはよく分からないが。

風呂を出るとひたすら眠い。全裸で夢を見たい。まっさらな下着と靴下を身に着けるとそれはそれですがすがしい。

レッチリの新譜PVを無料配信

プレスリー、ビートルズ、クリーム。忠実にグラム、パンク、メタル。ロックを時代で追い、前々作では歌詞にも登場したカート・コバーンで締める。楽しめるPVである。これが許されるのは今やRed Hot Chili Peppersぐらいのものだろう。「デス・ノート劇場版」の主題歌になったことには寒気がするが、ともあれ新作は楽しみだ。

君とボクの虹色の世界 同じ町に住む12人の登場人物、老いも若きも女も寄り添って群像を成す。高齢者タクシーの運転手クリスティーンは得意客のマイケルを連れて靴を買いに行き、そこで店員のリチャードに恋をする。彼は最近離婚した。その息子たち。その同級生。その知人。クリスティーンは仕事のかたわれでアーティストを目指し、美術館に勤めるナンシーに売り込む。そのチャット相手。その隣人。

ポップな色彩にはぬくもりがあった。彼らが発する言葉には名言が多い。皆が想い、想われたく、人肌を欲する。夢と優しさに満ちている。

監督、脚本、主演を務めたミランダ・ジュライは弱冠30歳の才女でポスト・ソフィア・コッポラというフレーズがついてまわる。若くして才能を開花させ、しかもそれでいてスタイリッシュであれば、そう例えられるのは当然といえば当然。ソフィア同様にルックスが格別に整っているわけでなく、幸も薄そうな風貌だが、愛らしい。スカイブルーの瞳はコンタクトだろうか。主人公クリスティーンの役どころは、彼女の家族や友人が登場しないこともあって孤独で寂しい。ミランダ自身と等身大ではないだろうかと感じるほどにしっくりきた。少し夢見がちで、たまに突発的な行動をとり、野心はあるが根はネガティブで臆病者。そんな彼女のような人に、こんなアプローチをされたいと思う僕は、さらに上をいく夢見がち。

金曜日の、劇的な勝利は全く見ていない。インターネットでサヨナラホームランを知った。この土日、地上波のTVは中途半端な中継で、グダグダの締めくくりも見てはいない。こういう連敗だと週明けの気分は最悪である。成長が見えないドミンゴはこの調子で良い時と悪い時が交互に来るように思える。優勝を目指すのであれば早めに代替を。とはいってもオープン戦で1点台の防御率をマークした投手陣は替わりの選手がいそうでいない。まだ始まったばかり。打率、防御率とも酷い有り様だが負け越していない。打線はそれぞれが少しずつ上向きになればそのうち繋がるだろう。
起きぬけ、午後、夕方、夜にトイレで便座を下ろして、4回とも大量だった。総じて1キロはあったのではないだろうか。どれだけ溜めていたのだ。先日飲んだ際に青唐辛子を食べて、その効果は3度目の便で表れた。痛い。たしかあれは23時頃。出したのが17時頃ということは、18時間で体内を巡ったことになる。早い。

“自由”では目を閉じて気づかず、“平等”でその存在を確認し、“博愛”にてゴミを捨てる小柄な老婆の手助けをした。クシシュトフ・キェシロフスキのトリコロールが完成する。象徴の色は前2作に比べて直接的、ふんだんに使われる。

大学生のバランティーヌはモデルをしている。カメラマンに要求された悲しげな横顔は街の大きな広告に使われた。遠距離の恋人から毎日、執拗に電話がかかってくる。若く美しい才女は大きな挫折を知らないように見受けられる。偽善と紙一重である博愛主義を振りかざした。犬を轢き、飼い主である初老の男性・ジョゼフと知り合って物語は大きく動く。卑劣で違法と自覚していながら平然と盗聴を繰り返す彼は退役判事だった。

盗聴している人間の中に弁護士を目指すオーギュストがいた。年上の女性と付き合っている。ジョゼフは、その彼女がオーギュストにふさわしくないという。程なくして彼はふられた。

ダランティーヌが乗った船が転覆した。生存者は7名で、ジョゼフはテレビでその名前と顔を見る。次々と映し出される彼らをジョゼフは知らないが、映画の受け手である僕ら観客は、それが誰だか知っている。「青の愛」「白の愛」の結実が見られた。その後、ダランティーヌとオーギュストが映る。ダランティーヌの横顔が街の広告と一緒だった。

初対面で互いに探り合っていたら、互いに映画と音楽が好きだと分かり、後日ミシェル・ゴンドリーのDVDを焼いてくれた。Chemical BrothersやBjorkのPVだけでなく、彼が手がけたCM集もあった。それを見て、ゴンドリーはやはりイカれていることを確認した。チープだがそれを逆手にとってさらに魅力へと昇華させる。one他人にとってanother他人は特別な存在でなく、景色に等しい。僕も市井の人々の一人。

DIRECTORS LABEL ミシェル・ゴンドリー BEST SELECTION