卍 ディープキスはなめくじのように両の唇を行き来する。カメラを下ろすと突起した二人の乳首が擦れ合って、そこも接吻をしているようだった。園子と光子の同性愛は、始まりこそ周囲を欺くためであったが、次第に溺れていく。

裕福に暮らす人妻の園子は趣味で美術学校に通い始め、そこで美しい令嬢・光子に出会う。光子は持ちかけられた婚約の話を破談にするため、園子をそそのかして奇妙な関係を結んだ。光子の妖艶な魅力にとりつかれ、園子は彼女を欲するようになる。光子もまた園子を慕った。夫の謙二をないがしろにしてまで光子を愛す園子だったが、彼女は破談になった婚約者・栄次郎とも関係を結んでいた。それを知って園子は嫉妬するが、光子は栄次郎に脅迫を受けているという。真偽の判別がつかず、サスペンスフルに展開する。

育ちの良い関西人の喋りがエロティシズムを一層に駆り立てた。そのイントネーションで「別の意味で恥ずかしい」とか「至近距離で会いたい」とか奇妙でユーモラスな言い回しが、谷崎潤一郎の原作小説の耽美世界ともつれる。

荒木経惟に見初められたという園子を演じた秋桜子は美人でもなければ、演技派でもない。しかし表情、特に目と眉の動きが出色である。女中に外出を止められてガンを飛ばし合う。光子にせがまれて戸惑いながら彼女の上につま先立ちをする。その時の顔といったら、他の女優ではなし得なかっただろう。光子を演じた不二子は瀬々敬久監督作「肌の隙間」での白痴美人が記憶に新しい。幼くも、熟れきっているようにも見え、本作でも濡れ場で妖しかった。

松尾スズキや宮藤官九郎の監督作は未見だが、井口昇は新作を追ってしまう。エロスと笑いは人間の原始的な快楽・欲求として、その演出はアラーキーに負けじ劣らずの鬼才ぶりではないだろうか。

仙川 その駅で入り用のために降りた。懐かしく、忌まわしく、しかし感情は思ったより高ぶらなかった。最後に訪れたのは2年前の初夏、解約をする時だった。

この屋上の下は3階建てで、1階は企業、といっても何を扱っているか皆目見当もつかない怪しげなもの、が入っている。2階と3階で2世帯の小さなアパートである。しかし二人で住むには充分すぎる広さだった。フロアごとの世帯ではなく、メゾネットタイプである。かなり古く、家賃は安い。玄関口は各階に付いているという不思議な造りで、それならば元はメゾネットではなくそれぞれの階で別世帯と思いそうなところだが、風呂とトイレは2階にしかない。詳しいのは門出・新居になるはずだったから。

ここから見える景色は大したものではないが、暖かい季節は友人を募ってバーベキューなど、機材を運んでDJイベントなど、そういったことを目論んでいた。結局は住むこともなく、敷金だけが戻ってきた。ドタキャンを食らって、ドタキャンをしたのだから、仕方ない。

この建物がある場所と、今日の用事の場所は線路を挟んで対角線上にあった。庶務を済ませててくてく駅を通り越し、雨の中わざわざそちらまで。そうやって浸りたい性分なのだ。

元から球速は出ず、四死球も多いのに、準決勝までの清峰・有迫の被打率といったら凄まじく、しかし最後で力尽きた。その清峰を率いた吉田監督は準決勝まで采配がズバズバ決まり、昨年の夏でも強豪を連破し、喋らせてはソツのない模範解答。選手・応援も含めて全てがすがすがしかった。

その清峰に準決勝で敗れたPL学園のエースで4番・前田も印象深い。ゴムゴムのピッチングは見ていて飽きない。しなやかな腕の振りは投球後、体に巻きつく。勢い余って2度、巻きつくこともある。プロに行く素材だろう。

駒大苫小牧の出場辞退から始まったが、好ゲーム・好チームが多く、終わってみれば良い大会だったのではないだろうか。早稲田実と関西の試合は後世に語り継がれるだろう。時に残酷。相手に「知らない」と言われながら、優勝候補でもあるそこを破った岐阜城北の健闘も光った。尾藤姉弟の未来は明るいかと思われる。

チップス 電車のつり革広告が全てプリングルスだった。透明のパッケージを見立てて、その中でチップスが浮いている。なかなか面白い広告だと思ったが、これを張る作業員はデリケートに扱わなくてはならず大変だっただろう。

車内はポテト臭が充満して、なんとフレーバー付きのアドなのかとそれは驚愕に値する。と思いきや単にマクドナルドの紙袋を持った人が隣にいるだけだった。視覚と嗅覚が脂っこい。
年度初めということで家計簿をつけようと決めた。人生において初めての試みである。金にルーズで浪費癖のある僕は無駄な出費が多い。携帯電話の料金など、何月の分を支払っているのか分からない。システム手帳すら機能したことがなく、せいぜいもって5月までだった。さてどこまで記述すればよいものやら。タバコ代やジュース代も記すものなのか知らん。

駒場桜 秀才どもがたむろする割には駅前が寂れていて買い物もままらない駒場東大前。しかしこの時期は桜が見応えがあり、用がなくても門をくぐった。

先日ブンレツさんが校内のレストランで友人と食事をした。誰もいなくて桜を独占できたと自慢していたので行ったのだが、今日は学生や近隣の花見客が大勢いた。枝垂桜が満開だった。豊潤に咲き誇って垂れ下がる様子はどこか妖艶である。缶ビールでも持って来ればよかった。キャンパスの偏差値を下げてやる。

岩瀬が打たれたなら文句は言うまい。延長を拒むような、同点での投入には解せなかった。昨年と同様に開幕戦は緊迫した投手戦となる。川上、黒田の両エースの投げ合いは見応えがあった。

2番打者に中日は新人の藤井、広島は職人兼天才の前田。解説の木俣も興奮して「前田が2番を打つなんて今シーズン初めてじゃないですか」といって、それはどの打順でも全員がそうなのだが。昨季と比べた時に、3番が立浪から井端になったことはメリットである。しかし2番が井端から藤井になったことはそれ以上のデメリットだと、僕は心配だった。1試合でその審判は下されない。長い目で見る。打てない打線には慣れている。攻撃よりも守備のほうが楽しくなって、一人前の中日ファンである。

寒かった。風が冷たくて、花粉を飛ばし、桜も散る。今年のは症状が目に顕著である。こすりすぎて痛い。

来週、ブンレツグランマが花見のために家へ帰るのだが、その頃までに桜がもつかどうか心配だ。昨年も世話になったヘルパーの方をたくさん呼び、グランマも恒例行事として楽しみにしていて、この風が憎い。

夜にグランマから電話がかかってきて、ブンレツさんはその対応による疲弊を隠さなかった。「今、神津島にいるんだけど、花見の時に迎えに来れるかどうか心配で」と言っていたらしい。故郷であり、帰ることはないだろうそこに、グランマはノスタルジックなものを感じているかと思われる。グランマのいるホームは島でなく、家から陸路で30分の場所にあるということを、いかに感情を抑えて諭すか。電話を切った後に「泣けてきちゃう」と自嘲気味に笑っていた。

The Long Season Revue フィッシュマンズは好きだが完全な後追いで、彼らに対して僕よりも思い入れが強かったり詳しかったりする人は周囲にも大勢いて、おこがましくてとても選曲などできない。密かに聞くぐらいだったが、佐藤伸治生前の貴重な映像に興味があった。

原田郁子、UA、永積タカシ、キセルなどをボーカルに迎えてフィッシュマンズがリユニオンした。昨年のツアーの模様と、彼らが活躍した90年代の映像がリンクする。カメラワークはおよそ映画とはいえない、これで金を取っていいのかと思うほどひどかった。しかし佐藤伸治の歌は幸せである。豪華な歌手陣はやはりというかどうしてもというか、違和感が生じる。しかし茂木欣一がライブ後に「気持ちよかった」とコメントするならば、それでいいのである。

豪華なのは他の出演者もそうで、茂木や柏原譲のオリジナルメンバーの他にASA-CHANG、沖祐市、HONZIなどが名を連ねた。ライブ映像以外でも竹中直人が下北沢の街を歩き、大森南朋が東急世田谷線を辿って、いかにフィッシュマンズが多くの人間に影響を与えてなお愛されていたかが分かった。

タイトルにもなった“The Long Season”では山崎まさよしがマイクを取り、ライブパフォーマンスをノーカットで映した。それ以前の映像は、これに繋げるためのごとく、音楽が胸の中でいつでも鳴っている。

ベスト盤は流れも糞もないが、Daft Punkはアルバムは1枚も持っていなかったので、これは丁度良いと新譜のそれを買った。ミシェル・ゴンドリー、スパイク・ジョーンズ、松本零士などが手がけたPV集DVDも付いている。Massive Attackのベストもほぼ同時期に発売されて隣にあったが、シングルボックス が手元にあるのでこちら。機械ボイスにロボットダンスで今日も汗をかく。

Daft Punk
Musique 1: 1993-2005