我が家は、子供が興味を持ったものを中心に習い事を続けてきました。

単発ではない、長期的なものとして、

上の子は、最終的に3つを中学3年夏休みまで
下の子は、様々なトライを繰り返しながら現在1つの習い事をしています。


人生が豊かになるように、楽しい時間を過ごせるように、学校とは別のコミュニティを持てるように
などを中心に据えていたため、技術的な成果はそこまで求めていませんでした。


そんな習い事でしたが、
上の子に関しては、受験の内申に関して、副次的な効果があったと思いますニコニコ


四角グリーン副教科の成績
授業態度など別の要因もあると思いますが、筆記テストや実技評価に大きく貢献したと思っています。


四角グリーン表彰関連
小中ともに、表彰対象となるような出展機会は割と芸術系のものが多い気がします。

硬筆、書き初め、絵画・造形、作文系などが大半でしょうか。

そのため、この分野があまり得意でないお子さんにとっては、表彰の機会が少なくなってしまいます。
言い換えれば、このあたりが得意な子どもは、ものすごく表彰の機会に恵まれていると思います。
我が子は、毎年コンスタントに表彰いただけました。

基本的に、授業で取り組んだ作品がメインになるので、しかたがないことなのですが、
このあたり少し不公平感があるなとは思います。

今後は制度が変わってくるそうなので、別のジャンルを得意としていたり、

興味を持っているお子さんにとってもチャンスは増えるかもしれませんね。


四角グリーン部活動
上記表彰関連に通じるのですが、習い事のおかげで良いスタートが切れ、県大会に行くことができました。
これも内申の加点になるそうで、副次的効果の1つだと思います。


四角グリーン行事関連
これも習い事のおかげで様々なチャンスをいただけ、おそらく、副教科の加点評価につながったと思っています。

また先生方からの信頼を得ることにつながり、更に間接的ではありますが、主要教科でも少なからずプラスの評価を得られたと思います。

 

内申、先生に気に入られているから、媚びているから…などネガティブにとらえる話はあります。

 

そのために、先生にごまをするというのはいかがなものかとは思いますが、

人間関係においてお互いに信頼関係を築けること、またそれにより心象が良くなることは、当たり前のことだと思っていますので、我が子が先生に評価され、目をかけていただいていたことは、我が子が一生懸命学校生活を過ごしてきたことの証であると、素直に嬉しく受け止めています照れ

 



芸術関連は、客観的評価がつけづらい分野なので、習い事で表彰されるような能力があるといっても
学校の先生方に同じように評価いただけるとは限りません。

そのため、主要教科のほうが、点数としてわかりやすく評価されるため、
勉強のほうがより直接的なのかもしれませんが、
習い事を楽しく続けたエンジョイ勢も、受験対策に役立つ面があったよ との一例でした。

受験勉強のために習い事をやめようかな…と迷われている方々の参考になればと思います。

今は、時間がとれず、習い事を中断していますが、また本人の余裕ができたら、再開してほしいな照れ

塾なし受験で、自走力や自学力は高まったのか?

塾なしで受験を乗り切ったというと、多くの方の反応は

1)もともと頭がよかたんだね という才能説
2)自分で勉強できてすごいね という自学・自走説

が多いような気がします。


我が子たちは、これまでの教育から、

自分の頭で考え、課題を見つけ解決方法を模索していく

という力が比較的身についているように思います。

ただ、これが、塾なし自宅学習により、受験勉強というカテゴリにおいて強化され、発揮できたかというと、残念ながら答えはNoとなります


敗因は、圧倒的な時間不足と経験不足ガーン


勉強に割く時間を減らし、受験勉強を最短ルートで乗り切ることを選んだことによる弊害だったと思います。


自走力や課題解決力はあったものの、
受験勉強というシステムを理解し、課題を解決するためのトライアンドエラーを繰り返す時間や余裕はなく、
経験者の知見で、そのとき最適解と思われる勉強法で乗り切る必要がありました。


そのため、本来なら塾や親のサポートのもと、子ども自身に少しずつ任せていきたかった

・目標の設定、分析、戦略の立案
・期間やタスクの管理
・苦手分野の分析とそのために必要なテキストの選定
・わからない問題の対応と対策

これらのことを、家庭内塾講師として 親が行うことにしました。

必要に応じて塾用教材も手に入れ、最短の時間で最高の成果が出るよう、チューニングも繰り返しました。

過去問と子どもの理解度を分析し、捨て問の選定なども行いました。

私は学生時代に塾講師、家庭教師経験があります。
これまで高額な学費をいただいていた方々には申し訳ないのですが、
正直過去最高のサービスを無償にて提供しましたおねがい
なので、塾なし受験ではなく、塾費用をかけずに受験した、というのが正しい言い方なのかもしれません。

※塾なしを公言されている方も、親のサポートがある方も多いようなので、程度の差こそあれ似たような方が多いのかもしれませんね。


そういう意味でいうと、我が家のような塾なし(親塾)であろうと、塾ありであろうと、

受験勉強を自分事と捉え、
解決の方法などに関してサポートを得ながらも、
自分で道筋を立て困難をクリアし、
目標を達成するという事ができたときに
自学力や自走力が身についてくるのかなと思います。

そして、それには、失敗や遠回りを自分で経験する必要もあると思うので、ある程度小さな頃からの学習習慣が必要になってくるのだと思います。

我が家は、遊びや趣味、生活を通じての学びを重視し、多くの時間を割いてきましたが、
勉強という場においても、同様に時間を割き、経験させる必要があるのでしょう。

個人的には、勉強を教えてくれることはもちろん、上記のようなことを指導してくれる先生方が学校にも塾にも増えたら、学びの場が豊かになってくるのではとおもいます。

時間に限りはありますので、我が家のこれまでの教育方針に後悔はありませんが、
中学生になったばかりの下の子に関しては、勉強への比重を少し上げて、上記のことが受験前までに自分でできるようになってほしいなと思っています。

ちなみに上の子ですが、課題や予習、テストに追われて、中学生の頃に比べびっくりするほど毎日机に向かっています。
思いっきり、外部からの力で走らされていますね爆笑

とりとめのない話になります…。


先日、高校受験の際に大変参考にさせていただいた方のツイートで、


いる場所によって、ふつう は違う


と言った趣旨のものがありました。

こちらは早期英語教育にふれて、ツイートされていたものでしたが、なんだか心にとても響くものがあり、ここ数日色々と考えています。


我が家は、小さい頃は、机の上での学びより

遊びや自然を通じての学びに重きを置いてきました。

ひたすら、泥団子をつくり、虫を捕まえ、廃材で工作をする、そんな毎日。


その時しかできないことを徹底的にしてもらいたい


それは、勉強ができるというただそれだけで、

自分の頭で考えることをせず、するすると社会人にまでなってしまった自分への反省が大きく影響しています。


そのため、我が子たちはなんとか、興味のある文字が書けるかな?といった感じでそれぞれ入学式を迎えました。


その後も宿題以外の自宅学習は一切やってきませんでした。

ひたすら、遊んで過ごした小学校生活。

中学生に入っても基本スタンスは、そのままで、テスト2週間前からの勉強が加わったくらい、それが、我が家のふつうでした。


小学校では、子供たちの興味関心を引き出してくれるよい先生方に恵まれたこともあり、

赤ちゃんが言葉を覚えるように、自然と授業の中で、たくさんのことを学んで帰ってきました。


あるとき、上の子が、

「みんな答えを知ってて、すぐに答えを言っちゃうから、授業がつまらないんだ。塾で習っていて知ってるから、もういいよって言うんだそうです。


でも、先生は、

答えを知っているだけだとつまらないよ

どうしてその答えになるのか、

みんなで考えてみようって言ってくれて、

話し合って、いろんな考えが出て楽しくなってくるんだ」

と言うような話をしてくれました。


その時、先取りもいいけれど、子供たちが1番多く過ごすその場所で

単に答えや解法を覚えるだけでなく、

興味関心、知識の芽を見つけられた時の喜びは

なんだかとってもいいなぁと思ったのを覚えています。


そんな我が家の教育でしたが、

中学生になり、とたんに授業も探求型のものから詰め込み型の受験対策に切り替わったこと、

また、中3になり受験を目の当たりにして、

それまでのふつうは、一変しました。


情報を調べれば調べるほど、不安はつのり、

これまでの教育方針も揺らいできました。


当然のことながら、加点になるような検定試験もいっさい受けてきていません。

もっと早く、気づいて受験させてあげればよかったという後悔。


そして、ネット上に流れてくるみなさんの勉強時間をみては、焦る毎日。

ふつうの受験生はこんなに勉強しているのか…。

こんなに親も熱心なのか…。

正月三が日も朝から晩まで勉強なのか…。


そして、

無事高校受験を終えたのも、つかの間、今度は

0学期という名の先取り学習。


みんなは春休みにこんなに勉強するらしいよ…

そんな言葉を子どもに向けてしまう自分。


見たり読んだりするものを変えるだけ、

過ごす場所を変えるだけで、ふつう って変わってしまう。

それまで、夫婦で話し合い、正しいと思って、子どもと歩んできた道も、ぐらぐらと急にゆれてしまう。


今は子どもの希望している進路のために、受験というシステムを乗り切る必要がありますが、

自分の立っている場所が、すべてのふつうではないことを常に頭の片隅に置いて、

のめり込み過ぎないよう、追い詰め過ぎないように子どもをサポートしたいと思っています。


「みんな」や「ふつう」って言葉は危険ですよね。

全然みんなでもふつうでもないのに。


受験システムって、不安を利用して人をどんどん加速させますね。

気をつけなくてはです。


元のツイートの趣旨とはだいぶそれた話になりましたが、最近モヤモヤと思っていたことを書いてみました。