体の不調だけでなく、心の不調にも、人生にもプラス❗
色んな「死」があるように思う。
**********
「終わる=死」と考えれば
肩書き、役職、役割、ポジション
職業、終業
出会う友達、恋人、結婚
親、離婚
一瞬、時間割
1日単位、月、年
年度…
病気、手術、退院
引っ越し、旅行、遊び
…
**********
色んな種類の
色んな段階、区切りがあって
望むー望まないを問わず
終わる。
≒死んでる
その次の瞬間
新しく始まる。
≒新しく生まれてる
新しい自分が。
**********
今のままがいい
変わりたくない
嫌だ、避けようとする
変われない
抵抗、抗う
=変わりたくない
変わろうとしない
↓
だから苦しくなる
**********
逆に
受け入れる、認める
抵抗しないことで
楽になる、上手くいくことが
あるんじゃないかと思う。
受け入れる、認める
抵抗しない
そうなった事を変えようしないで
どうするか、何を選ぶか。
意図的にせよ、そうでないにせよ
着いた先がどこであっても
着いたことを受け入れ
これからの道を選ぶように。
**********
「死」は
とても身近なこと
なんじゃないかと思うし
普通の事なんじゃないかと思うし
法則の1つなんじゃないかと思う。
骨だって
壊す細胞ー作る細胞があって
成り立ってる。
「壊すー作る」の
規模、大きさ
見えるー見えない
気付くー気付かない
があるだけなんじゃないかと思う。
**********
生まれ変わるなら
生きてるうちに。
良い本だと思う1つは
章ごと、1つのエピソード、短い内容
シンプルな言い方で
深く響いたり
考えさせられたり
ハッキリ内容は理解できないけど
なんか大事なことのように思う
というような本📕
(絵本は典型だと思う)
**********
この1冊もまさにそんな本。
読んでて
「この人は賢いなぁ…」
と感心してしまう。
いただいた患者さんに
感想を伝えたところ
本当に立派な方なんだそう。
**********
骨にも
壊す細胞ー作る細胞がある。
深く考えさせられる本を読むたびに
自分の人生観、価値観が壊される。
(壊され過ぎて
定まらないのが不安に思うくらい)
(でも
どこかには向かってるんだと思う)
**********
「信仰心のある人は
優しい強さ、柔らかい強さ
深い強さがあるな」
といつも思う。
それは
クリスチャンの患者さんや
教会の方々の話を聞いてても
いつも思うし
誰かを攻撃する強さでなく
根を張る強さ
雨風に耐える強さ
潰されても起き上がる強さ
のような…。
**********
この本でも
重い病、介護など
一般的、辛いと思われる状況でも
「辛いと思ったことはありません
試練をいただいて、成長しているから」
「病人のお世話をすることで
元気でいられるから」
など
信仰心の力や
教えをきっかけに
考え方を前向きにする
エピソードが紹介されてる。
**********
キーワードになるのが
「気」「心」だと思う。
「気持ち」「心の持ちよう」
と言い換えることができると思う。
**********
自分自身、今まで…
「こうだからダメ」
「これはこういうもの」
…という風に
「現象→決めつけ」をしてきて
その決めつけは
現象とセットであって
変えられないもの、決まりきったもの
と思ってたけど
その決めつけは
自分で決めつけてたもので
現象への、事前の決めつけ
→定義、前提
現象への、事後の決めつけ
→解釈
という風に
「変えれる」と知ってから
生き方の自主性が増したように
感じる日々。
**********
著者が言ってる…
時代とともに
日本らしさ、人間らしさの良さが
失くなっていっている
…と。
でも
人の…特に僧侶の役割りが
特に高僧、名僧と呼ばれる人は
「大衆と共に歩んだ」
とあるから
日本らしさ
人間らしさ
日本人として大事なことを
人として大事なことを
その時代に合わせて
変えていい所は変えていきながら
教え、導いていくんだろうな
と思う。
決して、見捨てることなく。
**********
それは
やり方でなく
あり方、態度、姿勢、生き方、流儀
義務、責任、義務、役割
であり
明日が、他の人が、世の中が
結果が
どうであろうと変わらない
そう思った。
**********
読みながら
強さのようなものを感じるのは
ボクだけじゃないはず。
「偏見とは
早い段階でのジャッジ」
というような言葉が
何かに書いてあった。
**********
全てを見てない…
全てを見るなんて
全てを理解することなんて
できないから
偏見で生きてるとも言える。
**********
「偏った見方、考え方で生きてるんだ」
と思えるだけで
楽になる感じがする。
自分と同じように
ほぼ全ての人が
「偏った見方、考え方で生きてるんだ」
と思えるだけで
他人に過度な期待も
しないんじゃないかと思う。
**********
気に入らない事を言われても
そういう扱いをされても
今までより
こたえないんじゃないかと思う。
**********
「問題は
解決するためにあるんじゃなくて
話し合うためにある」
というような言葉も何かにあった。
ひょっとしたら
解決できなかったとしても
お互いの事情が分かれば
お互いを尊重、肯定することができ
自然と問題も解決するのかもしない。
見えないから
どれだけ変わったか分からない
見えないから
すぐに変わらないと
すぐに諦めてしまう
見えないから
いつの間にか変わってる
心の変化。
**********
形がないから
変わりやすい
テレビ、SNSを見てても
すぐに変わる
「コロコロ変わるから『心』」
というのも聞いたことがある
**********
ある状態を目指して
心を鍛える、養うのもいいけど
どれだけかかるか
分からないから
道中は、自力、他力を使い分けたり
できるだけ楽しく行きたい。
**********
定義、前提、を変える
解釈、受け取り方、を変える
事が起こる前に変えれる
事が起こってから変えれる
現実を変える
見方を変える
**********
こうやって考えてると
変えれる事は
思った以上に多いんじゃないか
って思う。
でも
常識、文化
慣れ親しんだ考え
真面目が邪魔をする。
想像力が試される。
こういうときに
子ども、海外の人、SNSは
役に立つ。
「こんなんでいいの⁉️」
っていいショックを受けるから✨️
**********
収入源、身体、植物、子ども
能力、愛だけでなく
心も育てよう、育もう、鍛えよう。
生きやすくなるコツの1つだと思う。
外側の世界、内側の世界を
意識すること。
**********
外側の世界
誰か、何かが関係する出来事が
起こっても
内側の平和があれば
平和でいられる。
**********
ひょっとしたら
子どもが好きな人には
子どもの声が気にならないけど
子どもが嫌いな人
静かにしたいときには
イライラする
というのと似てるのかなと思う。
**********
外側がどうであっても
内側をどうでありたいか
外側は内側の投影
と言われる点からも
外側は、外側として
内側、思考、感情を意識する
というのは有効だと思う。
**********
そうやって
外側をきっかけに
内側を意識する作業をしてるだけで
外側へ向けるエネルギーを
内側へ向けることができるから
やっぱりこんな有効なことない。
**********
外側の出来事にイライラしても
「内側のイライラを投影してるのかも」
「外側はこんな風でイライラするけど
内側はどんな状態でいたいだろう?」
とか
外側イライラぶつけなくなる。
**********
怒り、感情は
5秒?とか2分?とか
抵抗せずに
そう感じてるんだと思うだけで
おさまり
「怒っちゃダメだ」とか
無理に抑えようと抵抗すると
さらに増すとも言われる。
**********
昨日、強いイライラに襲われて
物に当たりそうになったけど
物に当たらない方法を試そう
と思い
「キレとるわぁ」
「○○だから怒っちゃうよねぇ」
「どういう状態でいたいだろう?」
とか思ったり、考えてたら
いつの間にか消えていた。
今、改めて思い出すと
この達成感はスゴイ自信になる。
**********
並んでる人から
変に思われたとしても
セルフレジにたまったレシートを
持ち帰る。
他の人が無視してても
店内にいた蛾とか
死んでるキラキラの緑虫を
外に出してあげる。
パクられた傘
誰かが濡れなかったんだろうなぁ
と思って濡れて帰る。
**********
外側の世界、内側の世界を意識して
内側を変える。